蝉の鳴き声も止み、鈴虫の声が聞こえ始めると、あの人はふいに居なくなる。
行き先を聞いても、「ちょっとそこまでだよ」としか教えてくれない。
着いていってもいいかと尋ねると少しだけ困った顔で首を横に振るのだ。
そうされるとなんだか自分がワガママを言っているように思えて、「やっぱりなんでもない」と引き下がるのだ。
あの人が帰ってくるのはまちまちだ。
数分や数時間で帰ってくることもあれば、何日、下手したら何ヶ月も戻らない日もある。
その間、私はと言えば。
あの人の連絡を待ったり、美味しいご飯やおやつを作ったり、まぁ、色々のんびりしている。
あの人のことで不思議なことはある。
それはあの人の手土産。写真や絵、ポスカなどだ。
あの人の手土産はいつも夏の終わりの匂いがした。
梅雨上がりの青空と雨に濡れる紫陽花
蒸し暑い夜の空に咲き乱れる花
綺麗な川とその川辺を飛びまわる小さな小さな光
光の消えた屋台
消えかけの線香花火
小さな光が消えたあとの同じ場所
同じ場所、同じ時間なのに違う景色
あの人が帰ってきたらきいてみようか。
きっと答えなんて
「夏の忘れ物を探しに」
だろうけど。
こぼれたアイスクリーム
「ねー、きいてる?」
そう言って目の前に座る友だちは、今日あった小テストのこと、昨日見たドラマの話、最近読んで面白かった漫画の話、共通の友達の恋バナ、とにかく色々話してくる。
そんなに話して喉は乾かないのかな、と数分前に友達が飲み干した空のコップを見ながら思う。
「〜〜……って、あ、ドリンク入れてくるけど」
「あ、私は大丈夫だよ」
「そ、じゃあ行ってくる」
話しながら飲み物を飲もうとしたのだろう。溶けた氷の薄い残骸しかないのに気付いた友だちは立ち上がってドリンクバーに向かう。
この席からドリンクバーまでは離れているから、戻ってくるまで少し時間はあるはず。
友達の姿が見えなくなってから小さくため息を吐いた。
「つかれたぁ……」
人の話を聞くのが嫌いな訳でも、友だちが嫌いなわけでもないが、それはそれこれはこれだ。
なんでそんな思いをしてまでまだここにいるかといえば……
お待たせしました、
そんな風に誰に言うでもなく脳内で架空の誰かに話しかけてたら、店員さんが近づいてくる。
私の目の前に置かれたのは、日替わりランチについてきた食後のデザート。何種類かあるうちから選んだのは、季節のアイス。
このお店の日替わりランチについてくる季節のアイスは、定番のバニラと季節のソルベがついてくる人気のデザートだ。
季節のソルベは、聞けば味を教えてくれるが、私はあえてきかずにいたのだ。
緑なら抹茶?
でも、色は白っぽい気がする。
今日のは何かなー?楽しみだなー、とワクワクしながらスプーンを入れようとしたとき。
「ただいまー」
「あ、おかえり」
友だちが帰ってきた。
スプーンを置く。
「アイス、何味だった?」
「んー、多分桃?」
「多分ってなにさ〜。あ、さっきの続きなんだけど」
友だちの話を聞く。
人の話を聞くときに何かを食べるのが出来なかった。
日替わりランチは友だちの話の合間合間で食べた。
アイス…楽しみにしてたんだけどなぁ…
目の前には溶け始めたアイス。
話し続ける友だち。
「〜〜〜………」
バニラの隣に置かれた白っぽいアイスは味を知らないまま、こぼれた。
あぁ、暑い。
なんて思いながら今日も慣れ親しんだ道を歩いていく。
今日は手土産代わりのお裾分けのスイカを持ってきた。
すれ違う人も半袖やタンクトップなど涼し気な姿だ。
なんと言ったか、最近は手持ちの小型の扇風機や首に冷たい首輪みたいなのを着けている人が多い。
そうか、いまはもう団扇や扇子では間に合わないのか……
あの人はきっと知らないだろうから、今日の話題にしてみよう。
ちりりん…りん
「やっぱりいい音ですねぇ」
いつもの縁側が見えてきた。
そして最近あの人が吊るしてくれた小さな夏が涼しげな音で迎えてくれる。
「今日もお邪魔しますね」
一応、声は掛けるが縁側は自由に使えと言われているので申し訳程度だ。
ちりん
家主の代わりに答えてくれたかのようになる夏の音に笑みがこぼれる。
いつものように縁側に座り、通り過ぎる人を見るとはなしに見る。
聞いたことはないが、多分腐れ縁のあの人は自分が好き好んでここから人を眺めていると思っているだろう。
人間観察が好きというよりはこの縁側から見える風景なら何でもいいのだ。
「来てたのか」
「えぇ。あ、これお裾分けです」
いつの間に隣にいたのか腐れ縁であり、この縁側のある家の家主に声をかけられた。付き合いは長いが本当に静かな人だと思う。
「スイカ。ありがとな」
「いえいえ」
嬉しそうな様子にこちらも嬉しくなる。
スイカをしまいにまた奥に引っ込んだ相手を見送る。
「ラムネ切らしていたんだ」
「あなたの家の麦茶好きですよ」
戻ってきた相手に氷が入ったグラスに入れられた麦茶を渡される。
いつも出されるラムネが自分のために用意してくれてるものだと知ったのは意外にも最近だ。
「あ、そういえばここに来る前に見掛けたんですが」
腐れ縁とは言いつつお互いにあまり干渉しない性格だったから、一緒にいても居るだけだった。
こうして話すようになったのはいつからだったろう。
そんな事を考えながら先程話そうと思った事を話す。
話していたら空が夕焼けに染まってきた。
「そろそろかえりますね」
「次はラムネ買っておく。今日はこれで」
差し出されたのはラムネ味のアイス。
半袖が似合う季節にまた食べたいと思ってたモノだ。
有り難く受け取り、食べながら帰路につく。
半袖が似合う季節、ラムネ味のアイス。
あの人が炭酸が苦手だと知ってから1年が経っていた。
ちりん。
いつもの縁側の軒先に今年はいつもと違う風景がある。
ガラスに花火の絵が描かれているお椀型のそれは風が吹くたびに軽やかに涼しげな音を奏でる。
「あ、夏の音ですね」
その音に気づいたのは腐れ縁の相手だ。
今日は半袖にステテコとかいうハーパンのようなものを履いた格好でここに来た。
腐れ縁がこの縁側に座りながら行き交う人を見ているのも今では見慣れたこの縁側での夏の風景だ。
「夏の音?」
「え、夏の音って感じしません?このちりんって音」
夏になると色んなとこで鳴ってるから、自分にとっては夏が来た合図に思えるのだ、と語る相手に、そういうものかと頷く。
「でもここで聞くのは初めてですね。これどうしたんですか?」
「掃除したら出てきた」
「また仕舞い込んでたまま忘れてたやつですね」
ふいっと目を背けて答えればお見通しだと言いたげな呆れた声音がため息と共に返された。
「吊るすのも仕舞うのもテだろう」
「あはは、あなたらしい。それじゃあ、来年からは代わりにやりますよ」
「……」
「好きなんですよねぇ、この夏の音。来年からも聴きたいので」
「報酬はラムネでいいか」
「もちろん」
「今年の片付け分、先払いだ」
相手の傍らに冷えたラムネを置いた。
「あはは、了解です」
相手は笑いながらラムネを開け、ゴクゴクと美味しそうに飲む。
相変わらず炭酸のシュワシュワが苦手な自分はラムネ味のアイスを食べる。
「シュワシュワはまだ苦手ですか?」
「あぁ。舌がピリピリする」
顔をしかめながら告げると面白そうに笑われた。
ちりん。
ちりりん。
なんだか風鈴にも笑われたような気がした。
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ふと買い物に行った時に目に入った様々な柄が描かれた風鈴。
なんとはなしに眺めていると、1つの柄が気になってきた。
風鈴の絵柄には意味が込められていると聞いたのは誰からだったか。
とはいえ、自分にそんなことを教えてくる相手なぞ、あの腐れ縁くらいだ。
アイツはこういういかにも夏の風物詩的なもの好きだろうな。
そんなことを考えていたらいつの間にか購入してしまった。
買った絵柄は、花火。
こめられた願いは、魔除けと鎮魂。
雨の日って好き?
服が濡れるから嫌い
傘で荷物が増えるから嫌い
お出かけが憂鬱になるな
私も。
ただね、雨の日の夜は好き。
夜って凄い静かでしょ?
真っ暗な部屋の中、ベッドに寝転んで、寝ようとするけど
どうしても寝れなくて。
だって真っ暗で静かな空間はどうしても怖いんだ。
寝なきゃ…寝なきゃ…って思うのに。
暗くて
静かで
怖くて
全然寝れないの。
だからね、雨の日の夜は好き。
さぁさぁ
しとしと
ざぁぁぁぁぁ
バシャバシャ
色んな音がするから。
暗いけど怖くないから。
雨の歌声を聴いてたらだんだん眠くなるし。
だからね、雨の日の夜は好き。
さぁさぁしとしとぴちょんざぁざぁバシャバシャ
ざぁぁぁぁぁざ、ざ、バシャバシャ
今日も暗い部屋に雨の歌声が聴こえる。
私はその雨音に包まれながら、やっと眠りに就く。
おやすみなさい、良い夢を