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ちりん。

いつもの縁側の軒先に今年はいつもと違う風景がある。
ガラスに花火の絵が描かれているお椀型のそれは風が吹くたびに軽やかに涼しげな音を奏でる。

「あ、夏の音ですね」

その音に気づいたのは腐れ縁の相手だ。
今日は半袖にステテコとかいうハーパンのようなものを履いた格好でここに来た。
腐れ縁がこの縁側に座りながら行き交う人を見ているのも今では見慣れたこの縁側での夏の風景だ。

「夏の音?」
「え、夏の音って感じしません?このちりんって音」

夏になると色んなとこで鳴ってるから、自分にとっては夏が来た合図に思えるのだ、と語る相手に、そういうものかと頷く。

「でもここで聞くのは初めてですね。これどうしたんですか?」
「掃除したら出てきた」
「また仕舞い込んでたまま忘れてたやつですね」

ふいっと目を背けて答えればお見通しだと言いたげな呆れた声音がため息と共に返された。

「吊るすのも仕舞うのもテだろう」
「あはは、あなたらしい。それじゃあ、来年からは代わりにやりますよ」
「……」
「好きなんですよねぇ、この夏の音。来年からも聴きたいので」
「報酬はラムネでいいか」
「もちろん」
「今年の片付け分、先払いだ」

相手の傍らに冷えたラムネを置いた。

「あはは、了解です」

相手は笑いながらラムネを開け、ゴクゴクと美味しそうに飲む。
相変わらず炭酸のシュワシュワが苦手な自分はラムネ味のアイスを食べる。

「シュワシュワはまだ苦手ですか?」
「あぁ。舌がピリピリする」

顔をしかめながら告げると面白そうに笑われた。

ちりん。
ちりりん。

なんだか風鈴にも笑われたような気がした。

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ふと買い物に行った時に目に入った様々な柄が描かれた風鈴。
なんとはなしに眺めていると、1つの柄が気になってきた。
風鈴の絵柄には意味が込められていると聞いたのは誰からだったか。
とはいえ、自分にそんなことを教えてくる相手なぞ、あの腐れ縁くらいだ。
アイツはこういういかにも夏の風物詩的なもの好きだろうな。
そんなことを考えていたらいつの間にか購入してしまった。

買った絵柄は、花火。

こめられた願いは、魔除けと鎮魂。




7/12/2025, 6:36:38 PM