人は見かけによらぬ、とはよく言ったものである。
彼女は「人の汚いところなんて知りませんわ」といったように振る舞うものだから、さぞ自然に、当たり前のように守られてきたに違いないと僕は思い込んでいた。
「誰が助けてあげたと思っているの」
植物園で当番の水やり(彼女に押し付けられた)をしながら不満垂れる僕の邪魔をするように話し続ける。
「蝶よ花よ、ね。大事にされてきたのは確かね。私自身も私が一等大切にしているわ」
この花と違ってこの世でたった一人だもの、と微笑む。薔薇と喧嘩した彼のちいさな王子さまと出会ったのが彼女ではなく、うわばみでよかった、なんて考える。
「でも、可愛らしい蝶や花のままじゃ子どもの手でも潰せるわ」
遠目で見たときに感じた、あの陽だまりのような気配はない。食虫植物や蜘蛛を見た時のような、とにかく落ち着かない緊張がじりりと胸にうまれる。
飛び続けなきゃ蜜にもありつけないし、咲かなきゃ手折られるだけよ。
「温室育ちはどちらかしらね」
慈しまれて育てられた生命が、美しいだけで終わるわけがなかったのだ。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。薔薇に棘あり。
長いまつ毛がこちらを刺すように向く彼女の目をみて、そんな言葉もあったことを思い出した。
【蝶よ花よ】
最初から決まっていたなら、そしてそれを教えてくれていればどんなにいいかと思うことが人生には何度かある。
既にわかっているなんてつまらない! 悩んでこその人生! なんて考えない。わからないから恐れるのだ。受験に落ちたら? 就職が上手くいかなかったら? どれだけ頑張ったところで先の見えないことには変わりない。
私はいつか死ぬ。それだけは決まっていることだ。命が終わること自体は怖くはない。避けようのないことで、この時は平等に訪れるものだからだ。
しかし、どのようなかたちで、つまり死因はわからないので今からもう怖くて仕方が無い。私は不安症なのだ。
わざわざ怪談話など聞かずとも、老人が運転する猛スピードの車に跳ねられたら、変質者に襲われたら、ホームで背中を押されたら、なんてことを考えて一人ぞっとしている。
【最初から決まっていた】
太陽をお日様って呼べるくらいの暖かさで照らして欲しい夏
【太陽】
まだここにいたい、鳴らないでくれ、と願った鐘の音。
今では、はやく帰りたい、鳴るのを心待ちにしている。
【鐘の音】
おもしろい、役に立つは正義だ。
これさえ満たしていれば、多くの人に欲しがられる。
これに当てはまるものは多くあれど
“みんなにとって”
“かたちに残るように”
“持っていれば、嗜み使いこなせていれば関心される”、といった諸々の都合の良い条件もある。
これらのおかげで、好きな映画や文学の話はもっぱらしにくかった。好みに個人差がでるものだし、かたちに残して人に見せるような趣味でもない。
就職活動で、趣味について事細かに聞かれた。
読書本の冊数や映画の鑑賞数は月にいくつか
ジャンルは
最近みたものの内容は
「それって何の役に立つの?」
趣味について話すことなんてめったになく、本来なら話していて楽しくなるものだが、私だけの時間が他の役に立てる前提で聞かれていることも、数をこなし、いかにも学が深そうなものを嗜んでいるのだろうと期待されているような感覚が気持ち悪かったのを覚えている。
あの時の私は必死に役に立つことに話を繋げようとしていたが、今なら「そんな言葉を投げないためでしょうか」と言ってやりたい。
【つまらないことでも】