気力がない

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1/21/2024, 9:37:33 AM

揺れる。ふわりと浮くのは無重力からか、単純な浮力か。昔、水中は重力がないと考えてた。いちばん身近な宇宙だと。教科書を読めば違うと分かったが、全くの別物でもないと思う。だって、青くて、暗くて、寒くて...。身動きも取れず、息もできない。苦しくて寂しい空間。でも何故だかそれが、心地よくて好きだった。
[題:海の底]

12/19/2023, 4:34:51 AM

「冬は一緒に居られない」
恋人の言葉に足を止める。振り返れば項垂れて突っ立つ少女が。
「...なんで?」
私はなるべく刺激しないようにそっと触れた。一瞬びくりと身体を強ばらせ、彼女はゆっくりとその顔を上げた。長い前髪の隙間からは迷子の子犬のような瞳が見える。
「...ひ、引越しだって。おとうさんが言ってた」
再び瞼で半分ほど目を隠し、彼女は私のシャツをキュッと掴んだ。今にも泣き出しそうな震えた声に思わず苦笑いを浮かべる。
「うん...そっか。じゃあ、いいよ」
そう言って頭を優しく撫でれば、彼女は「本当!?」と目を輝かせた。
「ほんと、本当の本当に!?」
若干吃りを含む口調で、彼女は嬉しそうに私に抱きつく。愛らしい恋人の行動に溢れる愛おしさを押し殺しながら、その背をぎゅっと抱いて体温を確かめる。
「...本当だよ。来週の月曜日にでも」
一緒に死のう。
[題:冬は一緒に]

12/5/2023, 6:04:33 AM

たまに、夢と現実の区別がつかなくなる。自分の不甲斐なさや厚かましさのせいで友人に迷惑をかけ呆れられた夢を見た時は、しばらく夢だと思えなかった。数年前に大好きな子の家で遊んだ楽しい記憶は、実は夢なのではないかと今でも疑いを持っている。
[題:夢と現実]

10/28/2023, 3:26:34 PM

「もういいよー!」
ロッカーの中に縮こまった私は鬼役の友達に合図を送る。放課後暗くなった学校で、わたしたちはかくれんぼして時間を潰していた。外は大雨。わたしを含め複数の子供は親の帰りがあるまでこうして遊んでいるのだ。
大雑把な足音が聞こえ、教室の扉が開かれる。友達は教壇に座っている先生に声をかけた。
「せんせぇ、ここ誰か来た?」
「えーそれ聞いちゃダメでしょぉ。範囲だってこの階だけって言っても結構隠れる場所あるし、こんな簡単なところは隠れないよ」
「えぇ〜嘘っぽい」
それとなく否定した先生の言葉は呆気なく見抜かれ、友達はズカズカと教室中を散策し始める。
ロッカーのすぐ近くまで来た瞬間、ピカッと眩しく空が光った。直後、地球がまっぷたつに割れるのではないかと思うほどの大きな音を立て雷が落ちた。反射的に小さく悲鳴が上がる。
「わあっ!!」
「おわー、おっきかったね、大丈夫?」
「うん」
扉の向こうで友達と先生の会話が聞こえる。私は先程の悲鳴が聞こえてしまっている気がして、いっそう体を縮こまらせ息を潜めた。友達は再び散策を始める。ロッカーの前まで足を運んだところで、今度はカチッと電気が消えた。
「うわっ!なに!?」
「あら、さっきの雷かな。ちょっと確認してくるから、そこ動かないでね。危ないからね」
落ち着いた声で先生は注意喚起をし、教室を出ていった。友達は律儀に約束を守り、1歩もその場を動かず黙りこくってしまった。目の前に鬼がいる状態で、視界からの情報もなく自分の心音だけが耳に木霊する。
「......っ、」
潜め続けた息はそろそろ苦しくなってくる。わたしはギュッと目を瞑った。数秒後、こんこん、とロッカーをノックする音が聞こえた。やはり先程の悲鳴が聞こえていたんだろう。わたしは妙に安心し、笑顔で勢いよく扉を開けた。...だが、そこに友達は居なかった。それどころか、教室が無かった。机も、黒板も、窓も。床でさえも飲み込んだ深淵は、今度はわたしを飲み込もうと大口を開けていた。
[題:暗がりの中で]

10/27/2023, 11:25:48 AM

誕生日プレゼントで渡したピアスが夕日に照らされて赤く光った。

「いつか大人になったらさ、」
靴紐を結ぼうとしゃがんでいた私は必然的に彼女を見上げる形になった。逆光で彼女の表情は見えなかったが、私を見つめている気がしてならなかった。
「一緒に住もう。そんで、配信でもしようよ。」
私を見つめたまま彼女は言う。私は立ち上がりリュックサックを背負い直した。
「顔出しとかは嫌だなぁ」
打ち合わせたかのようにピッタリと歩幅を合わせ、帰路を進む。
「えぇ、じゃー顔出しなしはどうよ。ゲーム実況とかいいんじゃない?」
私が夕日を眺めれば彼女も同じように夕日を見る。赤く染った青色は光と美しく反射させ、幻想的なグラデーションを作っていた。
「声出すのもちょっと嫌かな〜」
意地悪く口角をあげればエ〜と不満そうに呻く。冷えてきた空気に体を縮こまらせ、カーディガンでも羽織ればよかったなとぼんやり考えた。
「んじゃあ、声を加工して実況しよう」
閃いた!みたいな顔して、彼女は笑ってこちらを覗く。私は少し間を置き、笑って彼女に目をやった。
「んは、伸びなそう〜」
長く伸びていた影はもう随分薄くなっていた。冬が近い証拠か、夕日はその姿をすぐ隠し夜を待っている。
[題:愛言葉]

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