気味が悪い。
第一印象はそれだった。
ネット上で知り合った友人と見事出会い厨を果たしたはいいものの、その友人になんとも言えない違和感があった。口調も話す内容も彼女だけど、雰囲気が釣り合っていない気がする。えも言えぬ不安感を抱えながら過ごした一日はどっと疲れた。
「ふぅ〜楽しかったァ」
終電も近づいてきた時間帯、一通り遊び尽くした私たちは帰路につこうとしていた。早く帰りたかった私は早々に会計を済ませ店を出る。
「じゃ、今日はありがとう。終電も近いし、私帰るね。」
切り上げようとすると、不思議そうな顔で彼女は止める。
「え。なんで?まだ終電まで時間あるよ?」
「ぁ、や...」
もっともな疑問に思わず詰まる。私が駅で買いたいものがあると言い訳をすると、彼女は駅まで送るよと言って捏ねた。なんとかそれを宥めることに成功した私は急いで1人で駅へ向かった。一刻でも早く彼女と別れたかったのだ。
数分歩き、駅の人混みが遠くに見えてき出した頃、私はやっと安心してきた。少し落ち着いた頭で、彼女とは会うのを控えようと1人反省会をするほどには冷静さを取り戻していた。その油断がいけなかった。
「...っ!?」
ガンッという鈍い音と全身に走る激痛。頭を殴られたのだと理解するのにそう時間はかからなかった。人通りの少ない路地に小さな喘ぎ声が響く。
「ゥ...あ......ッッ」
今まで味わったことの無いような痛みに悶えながら、両手で強く頭を抑えた。
「痛い?」
ガンガンと鳴り響く脳内に甘い声が降かかる。さっきまで一緒にいた彼女だ。
「会った時から違和感に気づいてたんでしょ」
まるでおもちゃを手に入れた幼児のように、心底楽しそうに彼女は言う。倒れ込んだ私の隣に小躍りしながら屈むと、首を傾げて覗き込んできた。
「でも別れ際は隙だらけだもんね」
睨みを効かせて見た彼女の顔は、今日1番の笑顔だった。
[題:別れ際]
「ん、おいしい〜!」
「本当?嬉しい」
幼馴染と同時に上京して同じ部屋に住むようになってから随分と経った。あの日思い描いた夢物語がまさか現実になるとは。時折ほっぺをつねってみるけど、ちゃんと痛かった。
「やっぱあんたの作る料理は最高だね」
リスのように膨らましたほっぺたで器用に喋りながら彼女は私の料理を褒める。昔から母親代わりに家事をしていたおかげで上達した腕前はこの子にあっさり気に入られてしまったようだ。日替わりで名前を書いていた当番表は、いつしか私の名前がいっぱいになっていた。
「にしてもいい眺めだよね」
満腹になったらしい彼女がふと窓の外を眺めて零す。アパートの角に位置するこの部屋は窓から大きな紅葉の木が見える。涼しくなってきたこの季節にぴったりな色が、窓一面に咲いていた。
ふいに立ち上がった彼女が窓に駆け寄り鍵を外す。開けた瞬間入る9月の風が私たちの髪を豪快に靡かせた。
「わっ」
「わー!」
目を閉じたのも束の間、今度はその紅に視線を取られてしまう。2人してベランダに乗り出しその葉を眺めた。
「綺麗...」
窓越しに見るより鮮やかで、生き生きと風に煽られる紅葉たちは大人数でダンスでもしているようだ。私たちも誘っているのか、澄んだ空気が頬を撫でる。五感で味わう秋は大人になると一層染みるらしい。隣を見ると穏やかな顔で紅葉を見る幼馴染の横顔があった。可愛らしく頭にその赤い葉っぱを乗せている。私はそっと手を伸ばした。
「ついてる」
「え?あ、ありがとう」
照れくさそうに笑う彼女に笑顔で応えながら、私はその葉を風に乗せた。名残惜しそうに遠のいていく紅い色は暫くひらひらと漂い、何事も無かったかのように柔らかくアスファルトへと着地した。
[題:秋]
都会の夜景は汚い。高いビルと明るすぎるネオンライトで照らされて、酒とタバコと女の匂いを無惨にも漂わせている。
「まァた外見てんのー?」
ガラガラと雨戸を開けて同居人が顔を出す。手にはタバコとライター。
「別に。涼んでるだけ。」
ふーん、と興味なさげに相槌を打って彼女はスリッパに足を通す。隣でカチカチと音を鳴らせ、汚く濁った息を吐く彼女を横目に見ながら、私はもう一度アルコールを飲んだ。ゆっくりと躰を侵食する苦い後味が同時に脳みその機能も奪っていく。人生の一番の楽しみはビールと相場は決まっているのだ。
「眠らない街なんてさ、よく言うよねぇ」
思い出したかのように呟く彼女の声に瞼を開くとギラギラと集まる光が目の奥を痛いほどに突き刺す。目を背けるように隣を向けば、薄いシャツ一枚でタバコを吹かす同居人と目が合った。
「寝ないと健康に悪いのにね」
柔らかく空気を吸いそのヤニを赤く灯して、彼女は悪戯っぽく口角を上げた。
「...よく言うよ」
ぬるくなったビールは炭酸が抜けて美味しくない。
都会の夜景は臭くて汚いけど、嫌いってワケでもなかったりする。
[題:夜景]