気力がない

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「ん、おいしい〜!」
「本当?嬉しい」
幼馴染と同時に上京して同じ部屋に住むようになってから随分と経った。あの日思い描いた夢物語がまさか現実になるとは。時折ほっぺをつねってみるけど、ちゃんと痛かった。
「やっぱあんたの作る料理は最高だね」
リスのように膨らましたほっぺたで器用に喋りながら彼女は私の料理を褒める。昔から母親代わりに家事をしていたおかげで上達した腕前はこの子にあっさり気に入られてしまったようだ。日替わりで名前を書いていた当番表は、いつしか私の名前がいっぱいになっていた。
「にしてもいい眺めだよね」
満腹になったらしい彼女がふと窓の外を眺めて零す。アパートの角に位置するこの部屋は窓から大きな紅葉の木が見える。涼しくなってきたこの季節にぴったりな色が、窓一面に咲いていた。
ふいに立ち上がった彼女が窓に駆け寄り鍵を外す。開けた瞬間入る9月の風が私たちの髪を豪快に靡かせた。
「わっ」
「わー!」
目を閉じたのも束の間、今度はその紅に視線を取られてしまう。2人してベランダに乗り出しその葉を眺めた。
「綺麗...」
窓越しに見るより鮮やかで、生き生きと風に煽られる紅葉たちは大人数でダンスでもしているようだ。私たちも誘っているのか、澄んだ空気が頬を撫でる。五感で味わう秋は大人になると一層染みるらしい。隣を見ると穏やかな顔で紅葉を見る幼馴染の横顔があった。可愛らしく頭にその赤い葉っぱを乗せている。私はそっと手を伸ばした。
「ついてる」
「え?あ、ありがとう」
照れくさそうに笑う彼女に笑顔で応えながら、私はその葉を風に乗せた。名残惜しそうに遠のいていく紅い色は暫くひらひらと漂い、何事も無かったかのように柔らかくアスファルトへと着地した。
[題:秋]

9/26/2023, 3:55:15 PM