泥(カクヨム@mizumannju)

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5/3/2025, 12:52:24 PM

『青い青い』

仕事の多忙さに溺れて、電車の中でウトウトしていた。何とか手に入れた座席。それをありがたく享受して、今にも眠りにつこうとした。

「今日は楽しかったね」
「ねー!ありがとう付き合ってくれて」
「いいんだよ、こっちこそありがと」

聞こえた会話に、不覚にも耳を澄ませた。まだ幼い男女の声だった。恐らく高校生か大学生あたりだろう。

「そーいえばだけど、好きな子とは進展あった?」
「何もないよ。俺を慰めてくれてもいいよ」
「えへへ、かわいそう」
「煽るんじゃない」
「だってねえ」
「はあ、もう諦めようかな〜」
「…諦めちゃうの?」
「うん」

女の子の声が幾分か弾んだのがわかった。それで、私はこの2人が生きている世界の青さを知った。彼らの世界は青い、本当に青い。私は、きっとこれから夢の中で彼らの青い世界のその先を見るんじゃないかと思った。

4/30/2025, 2:48:38 PM

『軌跡』

塾でバイトしていると、やはり私の第一志望だった学校を目指す生徒に出会う。その度に、私は羨ましくなる。まだ、この人には可能性があるんだ、と。彼らのまだ明るい瞳を、私はなかなか見ることができない。
いつまで引きずるつもりなのかわからないけれど、でも、私が思うのは、ここまで引きずっているのは、当時にそれだけ頑張った証なんじゃないかということ。
私は、彼らをその学校に合格させることで、私が合格したと錯覚しようと思った。最低だと思う、けれど、それで彼らが第一志望に合格するならいいじゃないか、とも思う。私が何年も夢見たその学校での生活。私は何度もその学校を調べた。だからきっと彼らよりは知っていると思う。その全てを使って、彼らを受からせて、私も受かった気になって、この泥みたいな感情を洗い流そう。
なんだかそう思うと、前向きになる。当時、泣きながら帰った日がたくさんあったことを思い出す。ああやって、ふらつきながら歩いた日も、今日につながっているんだ、と。こういうことを「軌跡」と呼ぶのだろうと、私は全員が帰った後の自習室を見て思った。
どうか、彼らが美しい軌跡を描く人になりますように。

4/17/2025, 9:28:55 AM

『遠くの声』

部屋にはたくさん人がいるけれど、私は1人だった。
孤独というのは、1人でない時に感じるものだとわかった。ただ、そんなものも慣れっこだった。孤独ということはつまり、私が存在していようがしていまいが、彼らには関係ないということだ。私が何をしようと興味のないこと。逆に気楽だった。他人の目を気にする必要がないと言っても過言ではないからだ。
それでも、あなたの声が遠くからはっきり聞こえてくるだけで、なんだか寂しくなる。好きな人の声はやけに大きく聞こえるらしい。もし私が話せたら、声を出していれば、あなたも振り向くのかな。

4/16/2025, 9:08:40 AM

『春恋』

やけに明るい光が射し込んで、私はぱちっと目を覚ます。どうやらカーテンが閉まりきっていなかったらしい。おかげで部屋も暖かい。なんだか腹が立って、カーテンをぴしゃりと閉める。アラームが鳴るまで10分は寝られたというのに、最悪の朝だ。

「ん゙〜〜〜」

もう、仕方ない。起きるしかない。諦めて、もう一度カーテンを開けた。窓の向こうでは桜の花びらが舞っている。綺麗だった。そういえばもう、春か。
ふと、連絡が来ていないかスマホを見た。

「え゙っっ」

友人と電話が繋がっていたのだ。思い出した、昨日の夜に雑談をしようと電話が来て、数時間の雑談をした挙句、そのまま寝落ちしたんだ。最悪だと思った。さっきの間抜けな声も、全部聞かれていた。……いや…まだ寝てるかもしれない。きっと大丈夫だ。電話の向こうでかすかに動くような音が聞こえた。

『かわいいね』
「……は?」

それからは、寝息だけが聞こえてきた。
眩しい光を見ながら、春が来たのだと改めて思った。
窓の向こうでは、少し強い風が吹いたようで、花吹雪が見えた。

4/6/2025, 12:33:12 PM

『新しい地図』

晴れて大学入学を果たした私だったけれど、田舎の高校から東京の大学に進学するから、知り合いが一人もいなかった。不安が募るばかりだった。今日の入学式も一人だったけど、周りを見るともう既にグループができていた。内部進学生がいると聞いて、怖くてたまらなかった。私、これからずっと一人なのかなあ。

ふと、高校入学の時も同じようなことを思っていた記憶が蘇った。もちろん多少の知り合いはいたけど、新しい友達なんてできるはずないと思ってた。でも卒業式が終わった後は、色んな人と写真を撮って、お店に寄って美味しいご飯を食べて、私の周りには確かに友達がいた。

なんだかそう思うと、不思議と大丈夫なように思えた。私のスマホに映っているのは、来たことのない東京の地図。私は、ここから「仲間」と呼べる人を書いていきたい。卒業する時、この新しい地図が真っ黒になってしまうくらいに。この地図は、私が完成させるんだ。

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