「「うわぁぁぁ!!」」
いきなり聞こえてきた叫び声は高橋薫(たかはしかおる)と清水連(きよみずれん)のものだった。
「ったく、もう少し静かに出来ないのか?」
そう俺が言った瞬間、薫が飛びついてきた。
普段は一切そんな事をしないから驚いた。
「颯(そう)〜、俺達入れ替わっちゃた〜!」
薫の姿、薫の声で言ってくる仕草や言い方はまさに連そのものだった。
「嘘をつくな」
「それが、本当に入れ替わったの、信じて?」
そう言って薫(中身は連)を庇うように言ってきたのは連(中身は薫)だった。
「連?どうしたんだ、その喋り方…」
「違うの、確かに今の私は連くんの中に入っているから連くんが喋っているように見えるのかもしれないけど…」
「けど?」
「本当に入れ替わったの」
必死に見つめてくる連は、まぁ、確かにたまに薫はそんな仕草をやるが、連がやっているのを見るのは寒くてしょうがない。
「つまり!薫の中身は俺で俺の中身は薫ってこと!分かった?」
「…まあな」
「信じてくれた!?」
今にも踊りだしそうな勢いで俺にしがみついていたのは連。
こいつ、中身が薫だってこと忘れてるな、とか思いつつ連(中身は薫)を諭す。
「いや、まだ確証がもてていないからな、あと落ち着け」
「はぁ、颯くんはあと何を証明したら信じてくれるの?」
「…何も証明してないだろ…ちょっと待ってろ」
「「?」」
そう、俺はある人、薫の親友であり連の事を毛嫌いしている星野美桜(ほしのみお)を呼んでくるのだ。
「呼んできたぞ」
その瞬間、連(中身は薫)が露骨に嫌そうな顔をしていたのを見逃さなかった。
逆に、中身が連のはずの薫は顔をほころばせた。
当然、美桜もこの事に気づいて俺と見合わせた顔は少し笑っていた。
「えっと、颯からは薫と連…の中身が入れ替わったって聞いたんだけど」
「うん合ってるよ!美桜ちゃん!」
そう答えたのは中身が薫の連。
連が答えたからか、美桜は口を抑えて「おえっ」と言っていた。
「じゃあ、中身が薫の人に質問です。私との約束覚えてる?」
「え!?…んん゙、覚えています!」
「内容は?言ってみてください」
「………記憶が…とんじゃいました…」
「酷いなぁ…薫が私との約束忘れるなんて」
「うっ…いやね?その、ほら、あの〜今は少し混乱してただけと言うか何と言うか〜」
「言い訳終了、約束なんてありません!」
「なっ、騙したな!」
「騙される方が悪いんです〜」
「連?中身は薫じゃなかったのか?」
「あっ……颯〜、黙っててよ〜」
「俺が言わなくても美桜も気づいたと思うがな」
「颯くん、今年はどうだった?」
「薫、良かったな戻って。連はちょくちょく薫が抜けてたから、もうちょっと頑張ってほしかった」
「確かに!来年も頑張るね!」
それからしばらく皆で笑いあった。
来年はどんな感じにするんだろうか。
ーエイプリルフールー
「幸せになってね」
僕に向ってそういった後、涙を流していたのは僕の両親だった。
「ごめんな、父さん達はもうこれ以上お前を幸せにできない」
「お義母さん、拓也(たくや)を頼みます。拓也、頑張ってね」
「うん」
その時の僕はまだ「頑張ってね」、この言葉の意味が理解できなかった。
しばらくなにかの話をしていて数時間後に両親と別れた。
僕は叔母さん達の車に揺られて大分山奥まで連れてこられた。
家のような建物につくと、叔母さんは僕を車から降ろしてこう言った。
「ここは拓也さんの親戚の家です、ここで暮らしてください」
いやに丁寧な言葉使いに不安をかられたことは忘れられない。
家の中まで案内され部屋を紹介された。
家には住人が居なく、不気味で鳥肌が立ったことは言うまでもない。
その事について僕が尋ねると叔母さんは綺麗すぎるくらいの笑顔でこう言ってきた。
「ここに住んでいる方は毎日九時まで帰ってきません、不安ですか?」
不安に決まっている、そんな言葉が喉まで出かかったが慌てて呑み込んだ。
「いえ、何も不安はないです」
「そうですか」
それからは別の話題に切り替わりひとしきり話した後叔母さん達は帰っていった。
帰る直前、叔父さんが興味深いことを呟いていた。
「可哀想だな」
その事について質問してみたものの誤魔化されてしまい深くは聞けなかった。
その後九時まで待ってみたが誰も帰ってこなかった。
そこで一つの疑問が出てきた。
叔母さん達は何故ここに僕をおいていったのか。
そこまで考えて少し嫌な想像をしてしまった。
実現しないように願いながら布団に潜った。
〜数日後〜
案外嫌な想像はあたってしまうのかもしれない。
結局、住民は帰ってこなかった。
そもそもこの家にはいなかったのかもしれない。
そしてもう一つ、この家には食料がない。
水道もとめられている。
山奥だから気軽に買い物に行くこともできない。
もっとも、僕はお金を持っていないのだが。
四日目の今日、僕の体力は限界に達していた。
餓死寸前。
まぶたを閉じる前に両親の言葉を思い出した。
『幸せになってね』
ごめんなさい。
無理そうです。
幸せに、なりたかった。
そこで僕の意識は途絶えた。
ー幸せにー
「なんか玲奈(れな)って全然泣かなくてキモくない?」
なにそれ
聞いてしまった。
友達が言った私への悪口。
「分かる!なんか気持ち悪いよね、前もキモかったけど今の方が断然キモい」
前と言うのは私が泣かないようになる以前の話。
以前は泣き虫でその時もこんな風に言われていたから変えたのに。
目尻が熱くなった。
「てか、なんで急に変えたと思う?」
「んー、どうでもいいでしょ」
「それもそっか!」
二人の足音が近づいてくるのを感じて、足早に立ち去った。
泣けなかった。
いつものクセ。
学校での私は、元気で、泣かない。
それだけしかできなかった。
昔の私は、暗くて、泣き虫。
勉強も運動も得意じゃないからこれを「演じる」しかできなかった。
でも、「演じていた私」も否定されて、これからどうしたら良いんだろう。
ずっとヘラヘラ笑っていてそれも嫌われる原因の一つだと思う。
笑うのを辞めろと言われても、笑わないと泣き虫に戻ってしまう。
泣き虫でも良いじゃないかなんて、昔誰かに言われたけど言われた日に泣き虫が嫌になった。
きっかけは、休み時間のドッヂボール。
誰かが投げたボールが額に当たって泣いてしまった。
確かにその時、額からは血が出ていたというのに。
誰一人心配なんてしてくれなかった。
その時感じた空気は、今でも思い出すだけで気持ち悪くなる。
恐怖を覚えた。
泣いちゃ駄目なんだと、私に植え付けた。
家に帰るといつも言われる。
最近泣かなくなって偉いね、と。
昔褒められた記憶が曖昧で、褒められた時はとても嬉しかった。
だから、演じ続ける。
演じるたびに泣き虫な私は誰も求めていないのだと。
そう思い知らされる。
泣き虫なお前はこの世にいらないのだと。
気付いた時、胸が熱くなって涙が出てきた。
でも、声を出すわけにもいかなくて必死に抑えた。
泣き終わった後、少しだけ胸が軽くなった。
そんな生活を続けていると、親も褒めてくれなくなった。
当たり前になったから。
褒めてくれない=見てくれない。
そんな式が出来上がった。
見てくれないならいっその事死んでしまおうか。
そう思うようにもなってきた。
そしてまた、私は気付いた。
死んだらきっと皆が見てくれるのだ。
気づいたのは良いものの、死ぬ勇気がなかなか出ない。
どんな死に方にするか決めたら、勇気を出そう。
今日も明日も明後日も。
学校に行って、演じ続ける。
勿論家でも。
辛くなってもあともう少し。
その日まで私は「元気で泣かない良い子」を演じきる。
ー何気ないふりー
「殺して」
それが学校の屋上で彼女が僕に放った最初の一声だった。
驚いている僕の目を彼女の虚ろな瞳はまっすぐ捉えていた。彼女の言葉に僕はやけに冷たく答えたと思う。
「無理だよ」
「どうして?」
そんな彼女の質問に僕はしばし頭を悩ませる。
「どうして?」
2回目の質問に対して思い出した事を淡々と話した。
「知ってた?僕がさっきの君の要望に答えてしまうと捕まってしまうんだ」
「何で?」
「世の中には自殺関与及び同意殺人と言う刑法があって、その刑法の中に嘱託殺人(しょくたくさつじん)と言うものが含まれているんだ」
話し終わった僕を見ながら彼女は眉をあげて困ったように微笑んだ。
「よくわかんない」
「簡単に言うと、人に依頼をされてその依頼をした人を殺すと罪になるってこと」
「なんでもいいや、結局貴方は殺してくれないの?」
心底面倒くさそうに聞いてきた彼女に少し呆れてしまった。
「うん」
「じゃあ、帰っていいよ。呼び出してごめんね」
「もしかして、他の誰かにまた頼むつもり?」
「ううん、貴方以外に頼める人なんていないから」
今にも泣きそうな顔で答えた彼女に少しうろたえて次に言う言葉を探す。
「……これからどうするの?」
「自分で死ぬよ」
彼女はフェンスに寄りかかった。寄りかかられたフェンスはガシャっと音をたてた。
「死ぬ以外は無いの?」
「無いよ、知ってるでしょ?私はクラスから孤立してる」
「まったく知らない」
「クラスメイトなのに知らなかったの?……私、いじめをうけてるの」
皮肉交じりにそういった彼女はフェンスの向こう側をじっと見つめていた。
「そうだったんだ、僕にはいじめに見えなかった」
「そうだね、少なくともクラスメイトである貴方すらも気づかないほど陰湿ないじめだった」
そう言って僕の方に振り返った彼女の目には少し涙が滲んでいた。
「…君の名前は?」
「自己紹介、聞いてなかったの?」
「覚えてない」
「…伊藤咲良(いとうさくら)、貴方は?」
聞き返してくる彼女の目は少しだけ笑っている。
「君も知らないんじゃないか、僕の名前は田中光(たなかみつ)」
「…みつ?確か漢字では光って書いてあった気がするんだけど」
「そうだよ、でも「みつ」とも読むんだ」
「知らなった」
「で、死ぬの?」
「…もう少し生きてみようかな」
「そっか」
「ねぇ、良かったら友達になってよ」
「うん、いじめの件はどうするの?」
「色々頑張ってみる」
「手伝うよ」
「…うん」
彼女の返事が終わるや否や涼しい風が通り過ぎていった。まるで彼女の憂いをさらっていくように。勿論そんな事は無いのだけれど。
〜10年後〜
「プロポーズ、してもいい?」
僕がそう問いかけると、彼女は学生の頃と変わらない笑顔で僕にこういった。
「なんでいつもそうド直球なの?まぁ、嬉しいけど…」
「?」
「…してもいいよ」
頬を赤らめて恥ずかしそうに答えた彼女がたまらなく愛おしく見えた。
「じゃあ……結婚してください」
「はい」
ーハッピーエンドー
澪「あ、待ってそんなに見つめられると溶けちゃうよ」
?「冗談なんでしょ?」
澪「冗談なんでしょって本当だよ」
?「へー」
澪「痛っ、体熱くなってきたから」
?「可哀想だね、本当だったら大変だけど」
澪「可哀想って…ねぇ、本当にもうこっち見ないで」
?「照れてるだけなんでしょ?」
澪「だから、照れてるんじゃなくて本当なんだって」
?「なんか信憑性無いんだよなぁ〜」
澪「いっっ…ね、ほら見てよ。右腕が溶けてきた」
?「へぇ~、凄いね。どうやってるの?」
澪「ねぇ?見たでしょ?早く離してよ、見ないで、本当だから…ぅ゙っっ」
?「痛そ〜、どうやってるか教えてよ」
澪「今度は左腕、痛い、ねぇ、見ないでよ」
?「いいでしょ?どうせ嘘なんだから」
澪「何でそんなに見てくるの、い゙っっ」
?「んー?面白いから、とか?」
澪「……」
?「しっかし、次は両足同時にか」
澪「………ぁ゙」
?「うわっ、グロすぎ、頭溶けるの早くない?」
?「澪?あれ?もう死んだの?まぁ、今回は頭が溶ける速度が早かったしなぁ〜。あと、両足同時だったのも良くなかったよね」
?「はぁ、また薬の作り直しかぁ」
?(思ったより面倒くさいし、こんなバイト引き受けなきゃ良かった)
?(でも、これで「見つめると溶ける薬」を開発できたらお金入るしなぁ、しかし、毎度記憶まで変えるの面倒くさいなぁ)
?(記憶なんて変えなくても溶けてきたら流石に気づくでしょ)
?(ま、新人とか雇ったら少しはましになるか、あー、手続き必要か……)
?「面倒くさ…」
ー見つめられるとー