「殺して」
それが学校の屋上で彼女が僕に放った最初の一声だった。
驚いている僕の目を彼女の虚ろな瞳はまっすぐ捉えていた。彼女の言葉に僕はやけに冷たく答えたと思う。
「無理だよ」
「どうして?」
そんな彼女の質問に僕はしばし頭を悩ませる。
「どうして?」
2回目の質問に対して思い出した事を淡々と話した。
「知ってた?僕がさっきの君の要望に答えてしまうと捕まってしまうんだ」
「何で?」
「世の中には自殺関与及び同意殺人と言う刑法があって、その刑法の中に嘱託殺人(しょくたくさつじん)と言うものが含まれているんだ」
話し終わった僕を見ながら彼女は眉をあげて困ったように微笑んだ。
「よくわかんない」
「簡単に言うと、人に依頼をされてその依頼をした人を殺すと罪になるってこと」
「なんでもいいや、結局貴方は殺してくれないの?」
心底面倒くさそうに聞いてきた彼女に少し呆れてしまった。
「うん」
「じゃあ、帰っていいよ。呼び出してごめんね」
「もしかして、他の誰かにまた頼むつもり?」
「ううん、貴方以外に頼める人なんていないから」
今にも泣きそうな顔で答えた彼女に少しうろたえて次に言う言葉を探す。
「……これからどうするの?」
「自分で死ぬよ」
彼女はフェンスに寄りかかった。寄りかかられたフェンスはガシャっと音をたてた。
「死ぬ以外は無いの?」
「無いよ、知ってるでしょ?私はクラスから孤立してる」
「まったく知らない」
「クラスメイトなのに知らなかったの?……私、いじめをうけてるの」
皮肉交じりにそういった彼女はフェンスの向こう側をじっと見つめていた。
「そうだったんだ、僕にはいじめに見えなかった」
「そうだね、少なくともクラスメイトである貴方すらも気づかないほど陰湿ないじめだった」
そう言って僕の方に振り返った彼女の目には少し涙が滲んでいた。
「…君の名前は?」
「自己紹介、聞いてなかったの?」
「覚えてない」
「…伊藤咲良(いとうさくら)、貴方は?」
聞き返してくる彼女の目は少しだけ笑っている。
「君も知らないんじゃないか、僕の名前は田中光(たなかみつ)」
「…みつ?確か漢字では光って書いてあった気がするんだけど」
「そうだよ、でも「みつ」とも読むんだ」
「知らなった」
「で、死ぬの?」
「…もう少し生きてみようかな」
「そっか」
「ねぇ、良かったら友達になってよ」
「うん、いじめの件はどうするの?」
「色々頑張ってみる」
「手伝うよ」
「…うん」
彼女の返事が終わるや否や涼しい風が通り過ぎていった。まるで彼女の憂いをさらっていくように。勿論そんな事は無いのだけれど。
〜10年後〜
「プロポーズ、してもいい?」
僕がそう問いかけると、彼女は学生の頃と変わらない笑顔で僕にこういった。
「なんでいつもそうド直球なの?まぁ、嬉しいけど…」
「?」
「…してもいいよ」
頬を赤らめて恥ずかしそうに答えた彼女がたまらなく愛おしく見えた。
「じゃあ……結婚してください」
「はい」
ーハッピーエンドー
3/30/2024, 5:19:02 AM