【また、逆で】
「ああ、ああ。泣かないでおくれ。 僕は君の涙に触れると、もう どうしようもなくなってしまうんだから」
男は、わーんわーんと泣き喚く女の涙をそっと手で拭う。
「なら、そんなこと 2度と言わないで。 私は、これまでも これからも、あなた以外で涙を流したことはないのよ。」
女は、どうしようもなく悲しくって、虚しくって、涙に濡れた目でキッと睨みつけ、男を責め立てる。
「ごめんよ、僕の愛しい人。でも、これはどうしようもないことなんだ。わかっておくれ」
男は、風に触れるようにやさしく女を撫で、聞き分けのつかない子どもに言うように諭した。だが、女はそんなことはとうにわかっていて、それでもくるしくって泣いているのだ。
「もう、あなたなしじゃ世界を見ることさえできないの。だから、どうかいなくなったりだなんてしないで。」
男はベッドから体を起こすと、目を擦り、頭を抱えた。
あの女は、僕で、あの男が、君だ。
僕の初恋の人。15の時に、余命が2年だと医者から言われ、入院していた愛しい人。
毎日通って、泣き喚いて縋って慰められて、そんなことを2年繰り返して、君は旅立った。
僕の誕生日に。
それからもう6年も経つが、ずっと、毎日似たような夢を見る。
あのベッドにいたのが僕で、僕を求めて泣き喚くのが君。
そうだったらと何度も思って、夢に見る。
だって、君はいつも眩しくて、周りの奴をみんな溶かしてしまうくらい優しくって、もちろん人に好かれた。
葬式の日、僕みたいに泣き喚いて縋ってるやつが40人はいたし、そんな中でも君は美しく眠っていた。
僕の誕生日に消えてしまうなんて、とびっきりの呪いだなんて思って、1人で笑って、崩れ落ちて泣いた。
毎日君を思って泣いて、義務感で食事をして、仕事をする。
ゴミは捨てられないから部屋は汚いし、お風呂も1週間に一度しか入れない。
やっぱり僕は、君なしじゃ 世界を見ることすらできないんだ。
今の僕を見たら、君はなんていうだろうか。
拝啓、愛しいひと もう一度、最初からやり直してくれませんか 次は、きっと
【初恋な鬼と厄介な少女】
「一重積んでは父のため」
「二重積んでは母のため〜...なーんて」
テンプレだよね〜と少女は笑う。
ここは賽の河原。親を残して亡くなった子供が行く地獄のはずだ。子どもらは、朝6時間、夜6時間、石を積み仏塔を作る。そうして、我ら鬼がそれを壊していく。そういう地獄なのだ。
「なあ、お前さんや。お前さんは、どうして死んじまったんだい?」
退屈そうな鬼は、暇を紛らわすため少女に尋ねた。
少し、少女のことが知りたい気持ちもあった。
「うーん…私のお母さんさ、なんか情緒不安定?でさ〜…。たまたまあの日、機嫌悪かったらしくってさ。雪だったんだけど、ベランダに出されてそのまま」
少女は気まずそうに眉を下げて笑う。
鬼は少しやっちまった。と思ったが、会話を続ける気なのか、ドカンと座り喋り始める。
「だがしかし、そういう理由ならば、新たな人生を選ぶかどうかって神さんに聞かれなかったかい?」
「どうしてわざわざ地獄なんかを選んだんだい?」
鬼は、いかにも不思議です、と言うように首を傾げて質問をすると、
少女は目を逸らし、口を開き
「えぇ〜…結構グイグイくるね、暇なの?」
「まあ言うけどさ〜、なんか…新しい人生とか、そういう気分じゃなかったっていうか〜…」
それは図星だったが、言いよる。と鬼が石を崩すと「あー!自信作だったのに」と少女はけたけた笑う。
地獄だなんて感じさせないような、ほのぼのとした空気だった。
「なあ、でも、お前さんや。お前さんは、もうこっちにきて3年も時が経つだろう?
もう、新しい人生を歩まなくてはいけないんだよ。」
わかっておくれ。と鬼は言い、少女に四つの石を渡し、
「さあ、これを積んでおくれ。父親の分、母親の分、兄の分、祖母の分。そうしたら、僕はもう石を崩さないよ。」
鬼だって初恋の相手と離れるのは悲しいのだ。初めてそれを言う日の前の夜はそれはもう泣いた。だが、何回言われたって新しい人生なんて御免な少女は
めんどくさそうに鬼に詰め寄り、抱きしめ、耳元で囁いた。
「ねえ、おにさん。わたしね、新しい人生より、おにさんがいるここの方がずぅっとすきなの。…だからね、おねがい。まだ」
終わらせないで
少女は、幼さを残しながらも、妖艶に笑った。
【どうか 誰よりもやさしいきみが、“人”を愛し、愛され 幸せに人生を終えられますように】①
「ねえ、18265番 あなたの名前を決めましょう。
それは、とっても大事なものよ。だから、私は一晩中悩んで決めなくってはいけないわ。」
ああ、たのしみね!明日の朝、あなたは 初めて名前を呼ばれるのよ!
無造作に髪を伸ばした女性はそう言い、ベッドに私を置き、「おやすみ」と言い部屋を出ていった。私はロボットだから寝る必要はないのに。
中古で半額の私を買った女性は”ミラ“と言うらしい。
ご主人様、と呼ぶと怒られた。
ミラは私に何を求めているんだろうか。人間はよくわからない。
朝まで来ないと言っていたから、スリープモードになろう。
「おはよう、ノア!いい朝ね。きっと今日は、人生で忘れられない日になるわ!」
「あのね、ノア。これからあなたの名前は“ノア”というのよ これからは、そう名乗って。
…私、あなたがこの名前を気に入ってくれるかしらって考えて、昨日はちっとも眠れやしなかったのよ!」
…どうかしら、気に入った?
ちらりと上目遣い気味にこちらを伺うような素振りを見せるミラ。
気にいるも何も、私はロボットだから感情なんてインプットされていない。
「名前を与えてくださりありがとうございます、光栄です。」
「ねえ、昨日から思っていたのだけれど…それ、やめてちょうだいな。
もっと砕けた話し方がいいわ。ね、おねがい」
ミラは少し不満げに眉を顰めた後、にこっと笑って抱きついてきたから、私も笑顔に切り替えて言葉を発する。
「わかったよ、ミラ。なにか手伝えることはあるかい?」
「ねえ、君はいつか、僕にこう言ったろ?」
美しい世界で生きたいの
ってさ。
「ああ、確かに言ったし、今も私、そう思ってるわ!
それがあなた、どうかしたの?」
君が僕を不思議そうにじっと見つめる。
「ああいや、ただ気になっただけなんだ。
君の考える美しい世界って、どういうものなんだい?」
ええ、そうね…。君は目をつむり顎に手を当て、考えるようなそぶりを見せたと思えば、
ソファーからぱっと立ち上がると手を広げ
「そうね!例えば、空と海が青くて、花がたくさん咲いていて、時に雪が降って、
こぎつねや野うさぎが元気に走り回っていて、…そして、
君は僕に飛びつき、強くぎゅっと抱きしめ
そして!こんな風に窓に映る夕暮れを眺めながら、あなたと笑い合える そんな世界だったら私、とっても素敵だって思うわ!」
「それじゃあ、今と変わらないじゃないか…!ああ、許しておくれ 僕の愛しい人!
そんなことを言われたから、僕は君をもう離せなくなっちまったよ!」
背中に腕を回し、僕もぎゅうっと強く抱きしめ、2人でくるくると回る
そして、2人で目を合わせくすくすと笑い合う。
「ねえ、あなた。きっとこういうのを幸せって言うのね。...少し耳を貸してちょうだいな」
私、空と海は赤色でも、世界中の花が全部枯れたとしても、空から降るものが雨だけになったとしても、あなたがいる限り、きっと この世界で生き続けるわ。
「春の暖かい陽の光にだけ照らされてきたような、そんなひと きっと誰にだって勿体無いわ」
もちろん、私にだって。君は僕に背を向け、キャンドルに火を灯しながらそう言った。
「まあ僕としては、君が叶わない相手を想い続けてるおかげでこんな時間を過ごせているって思うと、感謝をしなくてはいけないかな。」
まあ、そろそろ僕に振り向いてくれたっていいけれどね。 聞こえる程度に声を抑えてもらした本音に返事はなかった。
代わりに、君はくるっと振り返り、立て続けに言葉を発した。
「ねえ、あのひとの見る夢は、きっと世界で一番色鮮やかで美しいんでしょうね」
「あのひとの目を通して見たら、きっとこんな世界だって素晴らしいものに映るはずよ」
「明けない夜なんてないって、泣いている私にあの人は言ってくれたの。だから、きっと、もうすぐ朝が来るんだわ!それを私、待っているの。」
君はそれだけ言って、ベッドに潜り込み そのままころっと寝てしまった。
「明けない夜がきたっていいと、僕は思うよ。」
ふぅっとキャンドルの火を消して、僕もベッドに横になった。