――どこにいても探してやるから。
帰ってきたら、自室の隅に同居人が落ちていた。
「……は?」
力の抜けた手から書類の入った鞄が滑り落ちる。それに構わずスリッパを脱ぎ捨てて、冷たい床に転がる体を揺さぶる。まさか、何かあったんじゃ。
「おい、どうした? 大丈夫か……」
「、んぅ」
呼びかけに返事があって胸を撫でおろすと、さらりとした灰色の髪が動いてこちらを向いた。起き上がるのか、と思ったのに目が閉じられている。
「……寝てる?」
床で? しかも俺の部屋で?
わけがわからず頬をつつく。嫌がるように顔が逸らされてしまった。
「おーい、起きろー」
「……ん」
果たしてこれは返事なのか、それとも寝言なのか。少なくとも全く起きる気配がない。
「起きねえなら部屋まで運ぶぞー?」
返事なし、と。自室の扉の近くで放り出されていた鞄をクローゼットに立てかけて、散らばったスリッパをはき直す。細身の体の下に腕を入れて、ぐっと持ち上げた。
「こんなとこで寝ると風邪ひくぞぉ」
あと、床で死んだように体を投げ出しているのは本当に心臓に悪いのでやめてほしい。
……今度、部屋に絨毯でも敷いとくかな。
(部屋の片隅で)
――ぐるぐるまわる。
朝から嫌な予感はあった。
なんとなく、起き上がるのが億劫だとか。湿度を調整する魔法具を設置しているのに、乾燥で喉が痛いとか。いつも飲んでいるコーヒーを淹れる気にならなかったとか。鏡で見た自分の灰色の髪が跳ねているのを直さずに家を出たとか。
昼までは耐えられた。
どうしても外せない会議に出席して、じわじわと思考に靄をかかっていくような頭痛を振り払いながら資料に目を通して。昼食を適当なゼリーで済ませて、どれだけ厚着をしても震える体に気づかないふりをして。
夕方が、限界だった。
座っているだけでインク壺に顔面から突っ込みそうになった。何度か重要な書類を破きかけた。立ち上がると膝から崩れ落ちそうになった。仕事にならなかった。
どうにか医務室に行こうと廊下に出て、手すりにしがみつきながら階段を下りて、目当ての場所の表示が見えたところで――世界がさかさまになった。
***
あたたかな焦茶色が見える。次いで柔らかい橙。くらくらと揺れる視界で、見慣れた二色が動いている。
「……お。起きた?」
(逆さま)
加筆します
──夜更かししちゃおっか。
パジャマパーティー、というものをしたのだと朝礼前に同僚が話していた。詳しく聞いてみると、なんでも夜に友達を家に招いて(もしくは昼からそのまま)一日泊まるらしい。どうりで寝不足で目をしょぼしょぼさせていたわけだ。
……そういえば、最近友人とあまり話せていない、ような。
「というわけでパジャマパーティーしたいから今日うち来ない?」
「……何故お前は、そういつも唐突なんだ」
ところ変わってお昼どき、魔法省の食堂。書類仕事に忙殺されているらしい友人を捕まえて、二人で野菜たっぷりB定食を手に入れて。水色の瞳に少しの困惑を湛えた相手が席につくや否や声に出した誘いに、呆れた声と視線が返ってきた。ついでにため息までつかれた。
「パジャマパーティー、とはなんだ」
「夜に友達を呼んで話す会だって」
「やりたいのか」
「うん、楽しそう。最近忙しくてあんまり話せてないし」
(眠れないほど)
後日加筆します。
──あいまいな場所に揺蕩う。
(夢と現実)
後日書きます!
──じゃあ、また今度。
手元のコーヒーカップを回しながら、研究所の仕事がどれだけ大変で楽しいかを語っていた友人が、ふと口を閉じる。淡緑の瞳が腕時計に落ちて、つられて自分も手元に目をやった。そろそろ帰らなければいけない時間だ。
外を見れば、陽が橙色に変わりかけている。
「どうする? もうちょっと居る?」
すっかり常連になった喫茶店だから、多少長くいても悪い顔はされない。そう考えての言葉だろう。
「いや、……明日は早いから帰りたい」
「そっか」
友人は名残惜しそうな様子もなく頷いた。すっかり空になったケーキ皿を置いて、同時に席を立つ。
(さよならは言わないで)
加筆します