11/14 加筆しました。
☀️ #60 スリル .
──ドキドキどころの話じゃない。
例えば、頭上に水が降ってくる。
「うっわ冷てえ! なんだ!?」
「魔力が乱れた。悪い」
「いや、いいけど……あー、タオル持ってねえ?」
「これで良いか」
で、そのタオルがとんでもない。
「さんきゅ。ってこれ有名ブランドの非売品じゃ」
「実家にあったのを持ってきただけだ。タオルなんだから使わなければ意味がない」
「そうだけどさあ」
そんでもって一緒に勉強してる時にぼーっとしていると氷塊が飛ぶ。
「なあ、今のそこそこの大きさだったよな!? 当たったら流血沙汰だよな!?」
「安心しろ、雪のような柔らかさのものを固めた危険性の低い氷だ」
「固めてたら意味ねえだろ……!」
おまけに怒るとガチで室温が下がる。
「寒い寒い寒い」
「む」
「落ち着け? な?」
「……」
「……凍るかと思ったわ」
「済まない」
挙げ句の果てに、
「ねむ、い」
「なんで俺に寄りかかるんだよ……!」
「んん……おちつくからだが」
「心臓に悪いからやめてくれ」
「だめか……?」
「ああああそんな顔されて断れるわけねえだろうが」
「なら、いい」
ああ、もう!
本っ当にお前といるとスリルしかない!
──俺の妖精さん。
起きたら同居人に七色に輝く羽が生えていた。
「あー、まあこうなるよね」
「なんで納得してるの!?」
「わっ、うるさい」
どうも混乱しているのは自分だけみたいで、いつものように銀髪を三つ編みにしながらこちらを見てくる。羽、生えてるよね? 俺の見間違いじゃないよね?
「これね、昨日作った魔法薬の効果。飲んだ人にランダムでいろんな生き物の羽が生えるジョークグッズみたいなやつ」
「なんでそんなものを作ったんだい」
「その場のノリって大事だよね」
「威張るんじゃないよ」
くすくす笑うたびに羽が揺れて、きらきらと鱗粉が舞う。きれいだけれど、なんだかなあ。
「体に害はないんだろうね?」
「先輩と共同開発した安心安全な遊び道具だから、問題無し。一日で元に戻るよ」
「それ、触れるの?」
「触れるけど感覚は無いよ。飛べもしないし」
「ふうん」
後日加筆します。
(飛べない翼)
──月だけが見ていた?
窓の近くのソファで本を開いていると、よく虫の鳴く声がする。秋の夜は、それに耳を澄ませながら文字を追うのが気に入りだ。
「秋といえばススキだよなあ」
「……すすき」
風呂上がりの濡れたままの髪で同居人が隣に座った。耳慣れない言葉だ。すすき。箒の仲間か何かだろうか。
「見たことねえ? わさわさした茶色っぽい草」
「わさわさ……」
「ふわふわもしてる」
「ふわふわ……」
聞けば聞くほどよくわからない。草なのか、それは。
「月見で団子食いながらさ、隣に置いとくの」
「その草も食べるのか」
「食わねえけど!?」
なんのために飾るんだ。
後日加筆します。
(ススキ)
──生まれて初めて空を見たような。
婚約指輪が欲しいと先に言ったのは、意外にも向こうからだった。いつ言い出そうかと悩んでいた矢先のことで、ぽかんとしていたら水が降ってきたのを良く覚えている。婚約者に冷水ぶっかける奴いるか? しかも室内とは言え暖かくはない季節に。
まあ、当時の一悶着は置いといて。
貴族として、結婚する予定だということを早めに示しておきたいというのが、向こうが言い出してきた理由らしかった。釣り書きが来るのが鬱陶しいと愚痴られたら指輪を作らない手はない。
あいつの実家御用達のジュエリーショップで、材質から職人に至るまで協議を重ねて(ほとんど見てるだけだった)店側とあいつの口からぽんぽん飛び出す金額に恐れ慄いて(貴族の体面を保つためだと説得された)どうにか形になったのが今の指輪だ。
後日加筆します。
(脳裏)
──声も出さずに。
冬の草木から露が落ちるように、若葉色の瞳が絶えず雫を零している。何も言わずに抱き寄せて背をさすると、ローブがきゅっと掴まれた。
皺になるくらい強く握ってくれればいいのに、感情を押し殺すのが得意な婚約者はそれすらもしない。時折跳ねる肩と乱れた呼吸だけが、硬いようで柔い心の乱れを伝えてくる。
突然涙を流し始めるという症状は、泣きたいときに十分泣けなかった人間に稀に現れるものだそうだ。
学園時代、なんの前触れもなく目元を濡らし始めた姿に驚いた自分に、当の本人はハンカチを取り出しながら平然と言った。
『ただの生理現象だから気にしないで。別に意味もないし』
ねえ、君が泣くことに本当に意味はないのかい。なんだっけ、どこかの本で読んだよ、泣くことはリラックス効果があるって。もっと感情を露わにして、ぶつけてくれても良いのに。きっと、それすらも愛おしいのだから。
「落ち着いた?」
「ん、」
肩から顔を上げる気配がして、替えのハンカチを差し出しながら尋ねる。細かな水滴のついた睫毛が何度か動いて、その度に呼吸が整っていく。
「もっと泣けば良いのに」
「え?」
「泣いたら楽になるって何かで読んだから。全部俺にぶつけてくれれば良いのに」
不満を込めて言えば、婚約者はおかしそうに淡い緑の瞳を緩めた。
「そんなこと言われても、君の前でしか泣かないし、泣けないから。それじゃ足りない?」
「……え?」
……どうやら、この婚約者は今まで思っていた以上にわかりにくい感情表現をするらしい。
(意味がないこと)
※症状は捏造です