──声も出さずに。
冬の草木から露が落ちるように、若葉色の瞳が絶えず雫を零している。何も言わずに抱き寄せて背をさすると、ローブがきゅっと掴まれた。
皺になるくらい強く握ってくれればいいのに、感情を押し殺すのが得意な婚約者はそれすらもしない。時折跳ねる肩と乱れた呼吸だけが、硬いようで柔い心の乱れを伝えてくる。
突然涙を流し始めるという症状は、泣きたいときに十分泣けなかった人間に稀に現れるものだそうだ。
学園時代、なんの前触れもなく目元を濡らし始めた姿に驚いた自分に、当の本人はハンカチを取り出しながら平然と言った。
『ただの生理現象だから気にしないで。別に意味もないし』
ねえ、君が泣くことに本当に意味はないのかい。なんだっけ、どこかの本で読んだよ、泣くことはリラックス効果があるって。もっと感情を露わにして、ぶつけてくれても良いのに。きっと、それすらも愛おしいのだから。
「落ち着いた?」
「ん、」
肩から顔を上げる気配がして、替えのハンカチを差し出しながら尋ねる。細かな水滴のついた睫毛が何度か動いて、その度に呼吸が整っていく。
「もっと泣けば良いのに」
「え?」
「泣いたら楽になるって何かで読んだから。全部俺にぶつけてくれれば良いのに」
不満を込めて言えば、婚約者はおかしそうに淡い緑の瞳を緩めた。
「そんなこと言われても、君の前でしか泣かないし、泣けないから。それじゃ足りない?」
「……え?」
……どうやら、この婚約者は今まで思っていた以上にわかりにくい感情表現をするらしい。
(意味がないこと)
※症状は捏造です
11/8/2024, 12:58:59 PM