──会いたい、あいたい、声が聞きたい。
机の両脇に積み上げられた書類の束を睨みつける。三日ほど前から全く減る様子がない。むしろ増えている気さえする。一日に何十枚と捌いても、それを上回る速度で捌いた量よりも多くの書類が届けられるからだ。
いくら繁忙期といっても限度があるだろう。優秀な部下たちのおかげで最低限の仮眠の時間は確保できているが、それでも疲労は蓄積されていく。ブラックコーヒーにも飽きてきた。そろそろ医局に行って回復薬を貰ってくるべきか。
何より、家に帰ることができないのが大きなストレスだ。ここ一週間、執務室にこもっているのもあって、婚約者の顔を見ていない。向こうも魔獣の大量発生に局員総出で対処中だと聞いた。
「……はぁ」
小さな文字を追い続けている眼が、ちくりと痛んだ。片手で目元を覆って、深く息を吐く。暗くなった視界に、鮮やかであたたかな橙がほのかに光った気がした。
(すれ違い)
後日加筆します。心のすれ違いも良いけれど、なかなか会えなくて思いが募っていく、物理的なすれ違いも好きです。
──世界でいちばん好きな色。
秋は雨が多いくて良い。
そう恋人が言ったのは、まだただの友人関係だった頃だ。いつもより弾んだ声で、心なしか口元を緩めていた。
雨が好きなのか、と聞いたら水魔法使いだからと返ってきた。脈絡がない話にぽかんとしている俺に気づいて、水に関する魔法の性質を話してくれたのをよく覚えている。
俺が森や草原で土を操りやすいように、周りに水があると水魔法も使いやすいらしい。雨が降っていれば、その周り全てがあいつの味方ということだ。雨の日だけはあいつを怒らせないと決めた。
あのいつもの無表情が少しだけ緩みやすくなるのは嬉しいことだけど、俺は晴れた日の方が気分が上がる。青空は、あいつの目の色だから。
って話を何度も本人に言ってたら、とうとう照れてくれなくなった。またか、みたいな目で一瞥されて読書に戻ってしまう。酷い。
(秋晴れ)
後日加筆します……
──それは脳裡に焼きつくような、
初めて言葉を交わした瞬間に恋に落ちたのだと、そう伝えても良い反応が返ってこないのは想像に難くない。
たぶん、訳のわからないものを見る目が返ってくるか、さりげなく距離を取られるかのどちらかだ。なんなら両方かもしれない。ちゃんと付き合ってるっていうのに、その光景がありありと思い浮かべられるんだから悲しくなる。まあ照れ隠しも可愛いけど。
学園の長い長い廊下での邂逅を、死ぬまで忘れることはないと思う。向こうからしたら、広過ぎる校内で迷子になった間抜けな同級生をちょっと助けただけなんだろう。
でも、一度あのうつくしい瞳を正面から見てしまえば、忘れることなんてできなかった。
(忘れたくても忘れられない)
後日加筆します。
──吐息すら淡い光を纏っている。
本を読んでいるだけの姿をいつまでも見ていられるのは、惚れた欲目というやつだろうか。
ついさっきまでレポート用紙と睨み合っていたせいでインクのついた指が、そっとページを捲る。
予想外の展開が訪れたのか、伏せられていた瞳が何度か瞬きをした。文字を追う視線が動きを早める。ふいに口もとが綻んで、頰に赤みが差す。お気に召したらしい。
学園時代からの恋人は無類の本好きだ。初めて家に招いた日なんて、追っている作者の新作だ、と満面の笑みを浮かべながら分厚いハードカバーを持ってきて、それだけで一日が終わった。
最初こそ不満に思ったものだけれど、今ではすっかり慣れてしまった。むしろ、本を持っていなかったら何かあったのかと心配になる。自分が本に親しむようになったというのもあるかもしれない。
(やわらかな光)
後日加筆します。
──私だけが知っている。
朗らか、優しい、お人好し、人助けが好き。それが大半の人間があいつに下す評価だろう。
無論、それが大きく外れているわけではない。大抵の人間に対しては朗らかで優しく、相手が困っていたら手を差し伸べるはずだ。……ただ、それがあいつの全てではないというだけで。
焦茶の髪に橙の瞳という、元気で暖かな印象を与える見た目も相まって忘れられがちだが、ああ見えて編入試験をトップで通過した秀才だ。曲者揃いの魔法学園教師陣が認める人間が、ただのお人好しであるはずがない。
例えば、魔法理論の難問を解く際や強敵相手の模擬戦闘の時。その真性は遺憾なく発揮される。
(鋭い眼差し)
後日加筆します。