――ざわめきの中で、あなたはひとり静かな空気を纏っている。
放課後ってのはいいもんだ。次の授業の準備も、小テストの心配もしなくていい。魔法数学の課題が出たことなんて覚えてないったら覚えてない。
さっさと教室を出て、寮へ向かう。魔法学園は朝と放課後が一番賑やかだ。朝は遅刻しかけて騒ぐ生徒たちで、放課後は遊びの予定を話し合う声で校内中が活気づくから。
校舎を出たら、次にあるのは寮に続く渡り廊下。東屋のある道は放課後を過ごす生徒たちで溢れる場所の一つで、いつも混雑している。
「?」
それなのに、今日はやけに人が少ない。授業が長引いているクラスが多いのだろうか、と思いを巡らせたところでが人影が目に入った。
なるほど、人が少ないのも納得だ。東屋の一つで、灰色の髪が特徴的な生徒が読書をしている。
総合一位の秀才がいれば近寄りづらいだろう。
秋の気配を纏った風が吹いて、視線の先で高貴を体現したようなローブがばさりと靡いた。
「……」
そこだけが切り取られたかのように音が無い。同級生たちの話し声が遠い。美術館の絵画でも見てる気分だ。
……実は。一度だけ、言葉を交わしたことがある。
編入生説明会で迷子になった時のことだ。
『編入生か』
『へ? あ、そう、です……』
『同学年だろう、敬語でなくて良い。説明会の場所は講堂だったな』
『うん』
『この先を右に曲がって真っすぐ行けば大きな扉がある。まだ間に合うはずだ』
『あ、ありがと』
『構わない。急げ、遅刻をすれば教師に目をつけられる』
それだけ言うと、その生徒は白いローブを靡かせながら早足で去っていってしまった。
名前も知らないままの会話だ。
視線が一瞬交わった程度の邂逅だ。
向こうはとっくに忘れているだろう。
それでも――。
「あーあ」
周りに聞こえない程度の声量で呟く。誰にも届かなくていい、こんな感情。なんの関わりもない高嶺の花に話しかけられるほど強い心臓は持ってない。
でも、見るだけなら許されるだろう?
あんなにきれいなものに視線を奪われない方がおかしい。
ふいに小柄な人影がひとつ増える。同じく白いローブを纏った三つ編みの生徒が、灰色の生徒に話しかける。離れた場所から見ていても楽しそうな雰囲気が伝わってきた。
「ははっ」
自分ばっかりあの花を見ててばっかみてえだ。
……一回でいいから、こっち見てくんねえかなあ。
(放課後)
──遅いおはようを君に。
どうにも朝起きるのが苦手だ。
いつまでも毛布に包まれていたいし、遅刻ギリギリまで体を休めていたい。なんならベッドの中で朝食を食べたい。前にそれをやったら真顔で怒られたからもうしないけど。自分の方が背が高いのに見下ろされてるような威圧感だった。
そんな怒ると怖い同居人はずいぶん早起きで、自分が毛布にくるまってうとうとしている間に身支度を済ませてしまう。あのきれいな銀髪を結ぶところを見られないのが悔しい。
(カーテン)
後日加筆します。一週間程度長文の投稿はできそうにないです、すみません。しばらく物語の冒頭だけの投稿になります。
──ただそばにいてほしい。
わけもなく涙が流れ始めることがある。
医局に行っても、目に問題はないので恐らく精神的なものだろうと言われるだけ。思い当たることがないかと言われれば、子供の頃に十分に泣けなかったことが影響しているのかもしれない。
特別辛くなるわけでも無いし、魔法学園時代に比べればずいぶんと頻度は減った。でも、突然泣き始めれば周りを驚かせてしまうから、瞳の奥がじわりとする感覚があればすぐに人目のないところに行くようにしている。
ただ、ここで問題がひとつ。慣れている自分と反対に、心配性な恋人は泣くのを見るとすぐにやってきて隣に座るのだ。大丈夫だと言っても聞かない。
(涙の理由)
後日加筆します。
──あなたとなら何処へだって!
初等部に通っている頃、同級生たちが旅行へ行った話をしているのが羨ましかった。魔導機関車に乗って何処へ行った、ハイキングで竜を見た、精霊が眠る土地の美しい景色を見た、そのどれもが家族の温もりを纏っていて、自分には程遠いものだったけれど。それでもやっぱり、旅行の思い出話はきらきらとした輝きを持って耳に届いて、憧れてしまうのだ。
友人たちとだって、弟と二人だけだって構わない。一度でいいから旅というものを経験してみたいとずっと思っている。いや、思っていた。
だって、そんな無謀な願いがこんな形で叶うなんて、思ってもみなかったんだから。
(ココロオドル)
後日加筆します。
──この時間を楽しみに。
どうにか区切りをつけて、ペンを動かしていた手を止める。長い間書き続けていた指は思うように動かない。強張りをほぐすようにぷらぷらと利き手を振る。
「っんー」
ぐっと伸びをすると、全身の筋肉が緩む気がした。乾燥を訴える目を片手で覆って、細く息を吐く。
後日加筆します。
(束の間の休息)