NoName

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8/31/2023, 11:05:38 AM

仲間が死んでいく。一人、また一人と倒れていく。

いつかに勝利を誓った友人も、罵ってきた人間も、皆死んでいた。

「良かった……! まだ生存者がいた……」

魔物の笑みを切り裂いた青年は、もう死んでしまいたいと願う僕を救い、抱きしめた。

「なぜ、助けてくれたんですか」

数日後。様子を見に来た青年に問う。その質問に青年は一瞬鳩が豆鉄砲でもくらったような顔をした後、笑顔で答えた。

「ただ目の前で人が死ぬのが嫌なだけだよ。これまで散々見てきたからって、諦めたくはなくてさ」

「……僕は……そう思えなかった」

仲間が悲鳴をあげていた。助けてくれと叫んでいた。何度も何度も自分の名前を叫んでいたのに、自分は脚を動かそうだなんて思えなかった。死んでいく仲間を見て、自分もこのまま死のうか、だなんて思っていたくらいなのに。

「―――いいんじゃない? 」

「え」

困惑だとかそういう感情が来るよりも前に頭が真っ白になった。

「それはきっと、誰もが通る道だよ。俺にもあった」

「でも……」

「あの子たちが死んでいい理由はない。震えながらも世界のためにと剣を握って魔物に立ち向かった。その結果死んでしまったのは悲しいことだよ。でも、その惨劇がなければきっと僕はここにいない」

『あの子たち』を思い出しているのか、青年は目を瞑っていた。

しばらくして目を開いたけれど、その表情はなんとも表しがたいものだった。

「君は……もう一度剣を取ろうと思えるかい? 」

目の前の青年は、今も魔物と戦う先輩たちは皆これを乗り越えたのだろう。きっと死者をはっきりとその目に映しながら、駆けている。

あの時自分は目の前で死ぬ仲間や友人を助けたい、と思っていた。でもそれ以上に『生きたい』と思ったのだ。まだ、まだまだ生きたいと。でも助けようともしなかった自分がそんなことを思うのがおかしくて、『死にたい』と思い込むようにした。

「走り続けられるでしょうか。弱い、んですけれど」

「弱い、と自分を卑下するのは良くないよ。……カッコつけてるようだけれど、まだ不完全、と言った方がまだいい。……まぁ、昔僕がそう思ったり、言ったりしていただけなんだけれど」

苦笑いして、頬を紅潮させて。耐えきれなくなったのか、小さな声で『ごめん』とか言ったり。

そんな彼が少し面白くて、思わず笑ってしまった。救ってくれた時の彼はかっこよかったが、こういう部分もあるらしい。

「……ありがとうございます。いつかの貴方のように、僕もそう思うようにします。……まだ、不完全と」

「あ、ああ……! なんだかとても恥ずかしいけれど……嬉しいよ。はは……」

僕はまだ不完全だ。誰かを助けに行くほどの勇気も実力もまだない人間。

けれど、けれど……いつか彼のようになれたのなら。いつか、誰かに彼のような言葉を言えるようになれたのなら。

「良かった! まだ生きている人がいた……!! 」

8/30/2023, 11:07:49 AM

「今日家帰った後、いつものとこ集合だってさ」

幼いころから彼女は男子と遊んでいたと思う。女子の友人が全くいないという訳ではないだろうが、遊ぶ時間は確実に男子の方が長かった。

「分かった」

彼女は出会った時からそうだったから、特に違和感はなかった。あ〜今日もいるな、みたいなそんな反応だった。

けれど中学生、高校生と時が巡っていくと、段々と彼女は女子と絡むようになっていった。まぁ、それにも特に違和感はない。周りの連中も特に疑問に思っていなかったと思う。

「あいつら、元気してる? 」

「同じ学校だろ」

「そうだけどさぁ」

バス停。軽く道路を覗くが、来る気配はない。とっくに時刻はすぎているけれど、今日は特別に暑いわけでもなかったので、何とかなりそうだ。

「話しかけずらい理由あるの? 」

「ううん、別に。ただ最近はずっっと女の子と話してるからさ。なんとな〜く話しかけにくいな、って」

「話しかけて見れば? アイツらも嬉しいだろうさ」

「そうだねぇ。ま別に喧嘩した訳でもないし、それ以外何かあった訳でもないしね」

「うん」

そうやって、ほんの少しの変化を感じながらも、僕らは前に進んでいく。春、夏、秋、冬、と。

「――。帰ろうぜ」

「ああ」

あれ以来、彼女と関わることはあるけれど、やっぱり基本的には男友だちとの関わりが多かった。彼女もまたそうだ。これくらいが丁度いいんだと思う。

「課題やれそう? 」

「あ〜えっと、どれ? 」

「数学と……英語」

「ああ……無理! 」

「諦めるの早いな……」

「はは……いつもお前だよりだからな……すまん」

「もう慣れたよ」

そんな、雑談。僕は今日も日常を謳歌する。帰ったらとりあえずシャワーを浴びて、夕食までに課題を――。

「あ、あのさ」

友人との会話中、背後から声が聞こえる。

「お、――じゃん。丁度いい。一緒に帰ろうぜ」

「部活は?」

「あ、えっとその、今日はないよ」

なんだろう、この違和感。いつもの彼女とは何かが違う気がする。そんな違和感を友人も感じたのか、一瞬沈黙する。

「……じゃあ、一緒に帰ろうぜ。久しぶりにさ」

「その前に……ちょっと、用が」

心做しか、彼女の視線が一瞬こちらに向けられた気がした。もしかしたら用というのは僕になのだろうか。

「……お前なんかしたの?」

「結構な悪業だったら記憶に残ってるはずだけど……」

「……えっと……? 」

「あ、ああ、悪い。表の校門で待っとくよ」

「しばらく来なかったら、先に帰っててもいいよ」

「あいよ」

ほんの少し夕陽が差し込む教室。もう誰もいないが、先程まで確実にいただろうと思える教科書だったり、黒板に書かれた文字がある。

「用って?」

「うん……」

それから言葉を紡ぐことなく、彼女はこちらに近付いてくる。なんだろう、少し怖い。

「好きなんだ」

慎重に、不器用に、彼女は呟く。

窓外から風が入ってきて、彼女がつけただろう香水の匂いが僕の鼻に届く。

改めて彼女を認識すると、いつかのようにボーイッシュな雰囲気は無くなっていて、しっかりとした女の子……といった表現が正しいのかは分からないけれど、とにかく、いた。

「は?」

さっさと彼女がそうなっていたことに気付いていれば、もうちょっとマシに思考出来ていたかもしれない。動揺する頭でもさっさと『誰を? 』とか聞ければマシだったかもしれない。

けれど結果的に僕が言えたのは『は? 』だったわけで。

いくらかの沈黙の後、僕は何とか口を開く。

「えっと――それは……」

「貴方だよ」

先程の恥ずかしげのある態度はどこへ行ったのだろうか。……いや自分がこんなだから逆に冷静になれたのかもしれない。

「そう……そう、か」

今までそういう感情なんて向けられたことなんてないし、これまでもないだろう、なんて勝手に決めつけていたから、彼女からこうした言葉を紡がれるのは完全に予想外だった。

「―――」

彼女の名前を呼ぶ。

「……」

「……ごめん」

友だちでありたい。そんな、ありきたりな理由。多くの人間が口にしたであろう、云わばテンプレートな言葉。

その後の彼女の顔や言葉を僕はもう覚えてない。きっとこれ以上ない勇気を振り絞って言ったんだろうから、分からないなんてことはないけれど。

彼女がもし彼女でなかったら。全くの名前の違う人間であれば頷いていたかもしれない。

そう思うほどにあの時の彼女は綺麗だった。

振った側だと言うのに彼女のことがいつまでも胸に残っていて、あの香水の匂いがまた届いて来ないかと願っていた。

8/30/2023, 3:16:34 AM

夏の日差し。それに呼応するような蝉の声。暑くて、鬱陶しくて仕方ないけれど、夏を感じさせるそれは嫌いにはなりきれなかった。

扇風機やエアコンの電源を入れようとする。が、彼らは沈黙を貫いて動こうとしなかった。

「……マジか」

ため息をついて、長年放っておいた団扇をとって仰ぎ始める。涼しさは微弱なものだが、ないよりはマシだった。

「……」

二回目のため息。今年の夏を振り返れば、どこにも行ってない―――というより、行こうとしていなかった。買い物に行きにスーパーに行くか、それとも家か……たまに行く図書館くらいなものだった。

もし、まだ君がいたのなら、どこかに行っていたのだろうか、と夢想する。よくテレビに指をさしてここに行きたい、と言っていた君がいたら……この退屈未満の夏は何か変わったのだろうか。

一度考えたことは終わるところを知らずにグルグルと頭の中を支配する。いつかに目を逸らせた筈の過去が蘇っていく。

『――くん』

彼女の笑顔が昨日のように頭に描かれる。とっくに忘れたっていいのに、いつまでも彼女は頭の中にいる。

「……クソ」

ほんの少し出た涙を拭って、廊下に出てしばらく入ってなかった彼女の部屋の扉を開く。部屋の中は埃っぽい。

けれど、けれどもう、前に進まければ。この退屈で怠惰な日々から脚を前に進めて歩かなければいけない。

どこから片付けようか。こういうのにはいまいち慣れていない。

迷って迷いながら、手をつけようとしたところで、僕の手は止まった。

「―――あれ、何してるの? 」

「いや、こっちの……セリフだけれど」

勘違いかな、と思いつつも人の気配を感じたから振り返れば、白いワンピースを着た彼女がいた。……何故?

「片付け? 」

「うん」

「でも私帰って来ちゃったし」

「……そうだね」

恐怖だったり、困惑だったり、変な嬉しさだったり、色んな感情が混ざりに混ざる。けれど、最終的には嬉しさの色が残った。いや、怖がるべきなんだろうけれど。

「おかえり」

「ただいま」

おかしな現象だと思う。目の前に見える彼女が幻です、と言われても特別違和感は抱けないと思う。この世界は魔法や魔術が存在するようなファンタジー世界でもないのだから、死人が蘇ることなんて早々ない。

けれど、それでも彼女が再び自分の前にいることが嬉しくて、モノクロだった世界に再び色がつけられて。

「……っ」

彼女を抱きしめる。幽霊のようにすり抜けることがなくて、少し安心する。

「おおっと……」

彼女の正体がなんだっていい。けれど、けれど今は……ただ傍にいて欲しい。できる事のなら、彼女が許してくれるのなら、ずっと。