「今日家帰った後、いつものとこ集合だってさ」
幼いころから彼女は男子と遊んでいたと思う。女子の友人が全くいないという訳ではないだろうが、遊ぶ時間は確実に男子の方が長かった。
「分かった」
彼女は出会った時からそうだったから、特に違和感はなかった。あ〜今日もいるな、みたいなそんな反応だった。
けれど中学生、高校生と時が巡っていくと、段々と彼女は女子と絡むようになっていった。まぁ、それにも特に違和感はない。周りの連中も特に疑問に思っていなかったと思う。
「あいつら、元気してる? 」
「同じ学校だろ」
「そうだけどさぁ」
バス停。軽く道路を覗くが、来る気配はない。とっくに時刻はすぎているけれど、今日は特別に暑いわけでもなかったので、何とかなりそうだ。
「話しかけずらい理由あるの? 」
「ううん、別に。ただ最近はずっっと女の子と話してるからさ。なんとな〜く話しかけにくいな、って」
「話しかけて見れば? アイツらも嬉しいだろうさ」
「そうだねぇ。ま別に喧嘩した訳でもないし、それ以外何かあった訳でもないしね」
「うん」
そうやって、ほんの少しの変化を感じながらも、僕らは前に進んでいく。春、夏、秋、冬、と。
「――。帰ろうぜ」
「ああ」
あれ以来、彼女と関わることはあるけれど、やっぱり基本的には男友だちとの関わりが多かった。彼女もまたそうだ。これくらいが丁度いいんだと思う。
「課題やれそう? 」
「あ〜えっと、どれ? 」
「数学と……英語」
「ああ……無理! 」
「諦めるの早いな……」
「はは……いつもお前だよりだからな……すまん」
「もう慣れたよ」
そんな、雑談。僕は今日も日常を謳歌する。帰ったらとりあえずシャワーを浴びて、夕食までに課題を――。
「あ、あのさ」
友人との会話中、背後から声が聞こえる。
「お、――じゃん。丁度いい。一緒に帰ろうぜ」
「部活は?」
「あ、えっとその、今日はないよ」
なんだろう、この違和感。いつもの彼女とは何かが違う気がする。そんな違和感を友人も感じたのか、一瞬沈黙する。
「……じゃあ、一緒に帰ろうぜ。久しぶりにさ」
「その前に……ちょっと、用が」
心做しか、彼女の視線が一瞬こちらに向けられた気がした。もしかしたら用というのは僕になのだろうか。
「……お前なんかしたの?」
「結構な悪業だったら記憶に残ってるはずだけど……」
「……えっと……? 」
「あ、ああ、悪い。表の校門で待っとくよ」
「しばらく来なかったら、先に帰っててもいいよ」
「あいよ」
ほんの少し夕陽が差し込む教室。もう誰もいないが、先程まで確実にいただろうと思える教科書だったり、黒板に書かれた文字がある。
「用って?」
「うん……」
それから言葉を紡ぐことなく、彼女はこちらに近付いてくる。なんだろう、少し怖い。
「好きなんだ」
慎重に、不器用に、彼女は呟く。
窓外から風が入ってきて、彼女がつけただろう香水の匂いが僕の鼻に届く。
改めて彼女を認識すると、いつかのようにボーイッシュな雰囲気は無くなっていて、しっかりとした女の子……といった表現が正しいのかは分からないけれど、とにかく、いた。
「は?」
さっさと彼女がそうなっていたことに気付いていれば、もうちょっとマシに思考出来ていたかもしれない。動揺する頭でもさっさと『誰を? 』とか聞ければマシだったかもしれない。
けれど結果的に僕が言えたのは『は? 』だったわけで。
いくらかの沈黙の後、僕は何とか口を開く。
「えっと――それは……」
「貴方だよ」
先程の恥ずかしげのある態度はどこへ行ったのだろうか。……いや自分がこんなだから逆に冷静になれたのかもしれない。
「そう……そう、か」
今までそういう感情なんて向けられたことなんてないし、これまでもないだろう、なんて勝手に決めつけていたから、彼女からこうした言葉を紡がれるのは完全に予想外だった。
「―――」
彼女の名前を呼ぶ。
「……」
「……ごめん」
友だちでありたい。そんな、ありきたりな理由。多くの人間が口にしたであろう、云わばテンプレートな言葉。
その後の彼女の顔や言葉を僕はもう覚えてない。きっとこれ以上ない勇気を振り絞って言ったんだろうから、分からないなんてことはないけれど。
彼女がもし彼女でなかったら。全くの名前の違う人間であれば頷いていたかもしれない。
そう思うほどにあの時の彼女は綺麗だった。
振った側だと言うのに彼女のことがいつまでも胸に残っていて、あの香水の匂いがまた届いて来ないかと願っていた。
8/30/2023, 11:07:49 AM