すばる

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10/22/2022, 9:15:59 AM

声を枯らしたことは、生きてきた中で一度もない。
枯れ果てるまで泣き腫らしたことも、ひたむきに叫び散らしたことも、何かに対して懸命になったこともないからだ。
それは自業自得の怠惰なのだろうか。怠けの証左なのだろうか。
こうして大人と呼ばれる歳になってからも、この自問自答は時折目の前に現れて行き止まりの壁を作り出す。
しかし、私はその壁を自らどうこうしようとは思わない。壁から少し離れたところに腰を下ろし、ただじっと待つのだ。
むやみやたらと張り付いた末、取っ掛かりも見つからないまま背中から落っこちては大惨事。かといって、今は何の手立てもないのだからどうしようもないのだ。
両脚を抱えて、膝頭に頬杖をつきながら、人生の大きな壁がいつの間にかいなくなるのを待つ。
いつか私もなりふり構わず壁をぶち壊そうとする日が来るのだろうか、などと思いながら。

/声が枯れるまで

10/21/2022, 9:05:59 AM

何か新しいことを始める時のわくわく感は、いつだって新鮮で、楽しくて、そしてどこまでも歩んで行けそうな気がする。
だから、一日目から好きなだけ熱中して、楽しんで、やりきった心地で満足と共にベッドに潜り込み、明日に向けたわくわくを抱えて瞼を下ろす——のだけど。
次の朝には、眠りに落ちるまでのあのそわそわとした心地や、夢いっぱいの気持ちはどこかへ飛んで行ってしまったのか、すっかり跡形もなく消えてしまっていて、やりきったという満足感だけが胸の中にちょこんと腰を重く据えて座っている。
なんなら、面倒臭いという新たなメンバーが、満足感の周りで腹を掻いて寝そべっている。こいつとは何だかんだ付き合いは長いし、定期的にお会いする気やすさすら感じる仲であるので、またか、と思わなくもない。
こうして私は、満足感の周りに定期的に寝そべりにくる面倒臭いという惰性に誘われて、あっという間に三日坊主になる。

/始まりはいつも

10/19/2022, 12:19:38 PM

週五回。平日朝のルーティン。
駐車場から職場まで、徒歩五分の道程。
そこですれ違うのは、私と同じく毎日決まった時刻に家を出て、車を繰り、そうして駐車場から職場のある棟まで五分の道程を歩むいつもの人たちだ。
私と同じ制服を羽織った彼らとは、十年近く同じアスファルトを踏む仲であるというのに、まともに話した事はない。
駐車場からそれぞれの職場に出勤するまでの道程を、ただただ共に歩くだけ。ただの顔見知り。
それでも、多少前後して各々にタイムカードに出勤時刻を刻む時だけ、すれ違う彼らと接点ができる。
狭い出入り口で、入る人と出る人が鉢合わせると、皆そこで必ず交わす。
「おはようございます」
その言葉だけが、毎朝顔を合わせ、すれ違い、そして各々の職場にへと向かっていく私と彼らを繋いでいる。
なんて事はない。誰しもが毎朝誰かに告げる九文字。
しかし、そのたった九文字で、人は些細な形ではあっても繋がることができるのだと。
それぞれの職場へと向かう背中を見送りながら、私もまた自分の仕事場にへと向かいながら、思ったりするのだ。

/すれ違い

10/18/2022, 1:10:35 PM

ここ三日、四角に切り取られた空を眺めている。
一昨日は晴れて、昨日は雨。そして今日はよく晴れた。
七年前に入院した病院の窓は、ベッドに寝たきりだと外をまともに眺めることもできず、雪が降っている事を知ったのは自らで立って歩き、窓辺から外を覗けるようになってからだった。
それに比べて、ここの病室の窓はとても大きい。
掃き出し窓に近い作りになっていて、他の棟や近くの大きな建物で少しばかり遮られはするが空がとてもよく見える。
私はあと数日で退院する。ここから空を眺められるのもあと少し。
退院当日は晴れてくれるだろうか。そんな事を思いながら、今日は起き上がれるようになった体でベッドの上に座り、大きな窓を眺めていた。

/秋晴れ