空が泣く
ざあざあと雨が降る。
最近の天気は猛暑、猛暑、猛暑、時々大雨。しかも災害級。
台風の季節ってだけで大変なのに、センジョーコースイタイのせいでさらに大変だ。
台風直撃じゃなくてもこうして大雨が降る。
「女心と秋の空」
「何急に。てかまだ夏じゃん」
「暦的には秋。じゃなくて、昔から言うじゃん。変わりやすいって意味で」
「聞いたことはある」
「空も時代に対応してるなって」
「どういう意味?」
「メンヘラ」
「全女心に謝れ」
君からのLINE
『おーい、寝た?』
「起きてる」
『たんたんとしてるなー』
「は? いつもだけど」
『じょーくだよ』
「で、何か用?」
『うん、まあ用っちゃ用なんだけど』
「何? 早くして」
『びっくりするほど冷たい!』
『おーい!?』
『めんどくてごめんて! 無視はやめて!』
「で何?」
『でもそれはまだ言えない』
「ふざけてんのか?」
『とんでもない』
「どうせ暇だからとかでしょ。もう寝るから」
『うわ、ひど』
おたおめLINEかと期待したわバカ。
命が燃え尽きるまで
「そんな……」
アカリはその場にへたり込んだ。信じられなかった。今まで自分たちがやってきたことは無意味、否、全くの逆効果だったなんて。
「嘘よ!」
叫ぶサキの肩を、険しい表情のタツキが抑える。ナナは真っ青になって震えていた。
『いいえ、嘘ではありません』
目の前に聳える巨木。その幹に取り込まれるように一体化した女性が、口を開くこともなく語りかけてくる。
『私がこの星を守っているのです。この命が燃え尽きるまで』
夜明け前
真上はまだ吸い込まれそうなほど真っ黒で、散りばめられた星が瞬いている。終わりのなさそうな闇は、しかし視線を下げれば徐々に薄らんで、紺、青、仄かなオレンジ、朱と色を変え、地平線の縁はすでに太陽が顔を出さんとしていた。
たなびく雲が影に黒く染まり、存在感を強めていく。光が強ければ強いほど、影もまた濃くなるのだ。
そして。
「日の出、見えないね」
「めちゃくちゃ曇ってるね」
「仕方ない、けど……!」
「悔しいねぇ」
本気の恋
恋ってよくわかんない。
一緒にいて楽しい友達は男女たくさんいる。ずっと一緒にいれたらいいなって思う。でもそれとは違うらしい。
会えばドキドキするとか、夜考えて眠れなくなるとか、そういう経験はない。
他の人と仲良くしてるとジェラっちゃうのは、わりとみんなにそう。仲間はずれさみしいじゃん。
だから恋ってわかんない。
「おーい、眉間にしわ」
額を小突いて、笑う顔が輝いて見える。
「何か悩み? 話聞くよ?」
これが恋か!
カレンダー
「だってそういうものじゃん。それが正しいじゃん」
「伝統より実用性を考えろよ。隣に並んでた方が諸々書きやすいだろ」
「別にまたぐような予定ないですぅ個別に書きますーう」
「ああ独り身には泊まりがけの予定なんかないよなぁ?」
「お前だって彼女いないだろ!」
「別に彼女いなくても泊まりの予定はあるし!」
「男だらけでむさ苦しいわ!」
「なにあれ」
「カレンダーのスタートは日曜か月曜か論争」
「後半関係なくないか?」
喪失感
「ない……?」
いやそんなはずない。いやいや絶対ある。あるって。あれよ。
ガチャガチャ引き出しを漁って、しまいにはひっくり返して、それでも見つからない。お気に入りの、先週も使ったはずの、髪留め。
「なんでないの〜!?」
絶対ここにしまったのに! うがががが!! 今日使いたかったのに!!
「やっば、もう出かけなきゃ!」
「ってことがあってさぁ」
「そういうの、私は妖精にあげたって思うことにしてる」
「ファンタジー」
世界に一つだけ
ずっと真っ暗だった。無味乾燥。色のない世界。ひとりぼっちの冷たさ。
それが変わったのは、たぶんあの瞬間から。
君の笑顔。柔らかい声。温かい日差し。
みんなとふざけあう放課後。一緒に食べたお菓子。くだらないことで笑って怒って泣いて。
難しいことにもつらいことにも、みんなとなら向き合うことができた。
支えて、支えられて。過ごす日常。
君はいつだって光り輝いて、道を照らしてくれた。
欲しいものは、この世界に一つだけ。
胸の鼓動
「あの、すみません! 私のこと知ってますか?」
「えっ……いえ、あの、知らないです」
じっと見つめると、彼は気まずそうに目を逸らした。
顔も声も身長も仕草も全部私の好みからは外れてる。四球だ。
なのに。
胸を押さえると、ドキドキと大きく鳴っている。
「あの、病院に戻った方が」
「何で病人って知ってるんですか?」
うっと詰まる。やっぱり。
私は記憶喪失ではない。乖離性同一性障害だ。
この人はたぶん、「わたし」の好きな人。
踊るように
「さあ、はじめましょう」
ジャラ、と大鎌に繋がれた鎖が鳴る。
痛む肩の傷を押さえながら必死に顔を上げると、腐った顔を崩しながら3体の食屍鬼が向かってくるところだった。
「ひっ」
1体が伸ばした腕の先、鎌が遮るように床に刺さる。柄を支点にブーツの踵が円を描き、その食屍鬼の首が脆くも飛んでいった。スカートとツインテールが追うようになびき、着地と同時に今度は鎌が残り2体の胴をまとめて真ん中から切断する。
静寂。
時を告げる
ポーン
ポーン
ポーン
ポーン
パタン、と扉が開いて真っ白な鳩が飛び出す。
勢いよく羽ばたいた後には、小人が周囲を踊りながら回る。
やがて小人が帰っていき、鳩もまた巣へと戻った。
部屋に静寂が戻る。柔らかな夕陽が窓から差し込み、部屋を温かく染めていた。
コンコンコン。
ドアを叩く軽い音に頬が緩む。時間ちょうどだ。
「じいちゃーん! きたよ!」
「ああ。よく来たな」
元気な声。バタバタと忙しない音。
部屋の時間が動き出した。
貝殻
灰色の砂浜に打ち上がった貝殻は、白くはあるけれど薄汚れていた。何度も波に揉まれたのだろう、ひびが入ったり縁が欠けていたりする。
「そんなもん拾ってどーすんの」
しゃがみ込んで見ていると、頭上から声がした。
パーカのポケットに両手を突っ込んで、つまらなそうに睥睨する。
「別に。死んじゃったんだなって思って」
「何が」
「貝」
ざぱんと波が跳ねた。
「ふうん」
水平線を見つめて、彼はポツリと呟いた。
「海は墓場だね」
きらめき
推しってLED搭載してんの? 眩しすぎない?
舞台の上で歌って踊る推しは、現実にはLEDに照らし出されて、舞い散る汗がキラキラと。いや実際は見えないけど。そんな近くないけど。心の瞳で見えるわ。
今、笑顔でここに立っているけど、これまでいろんなことがあった。苦節の下積み時代。怪我で療養。ファンの炎上事件。まあ全部インタビュー記事とかSNSで見たんだけど。
とにかく、過去も全部ひっくるめて、推しは輝いている。
些細なことでも
眠れない夜のココアにマシュマロが浮かぶ。
枕が毎晩ふかふかになっている。
テストの日の朝ごはんに好物が並ぶ。
暑い昼間にレモンソーダが冷やされている。
午睡から目覚めるとブランケットがかかっている。
頭痛に顔を顰めているとチョコレートがそっと置かれる。
虹を見つけたと写真が送られてくる。
そういう毎日の積み重ねすべてが、愛されている実感になる。大切だと、心配していると、応援していると言葉より雄弁に伝えてくる。
心の灯火
真っ暗だった。
疲れた。何も考えたくなかった。自分が嫌いだった。誰にも愛されない自分に価値はなかった。どうしようもない失敗作。褒めてくれる人は同情で、笑いかけてくる人は計算で、好きだと言われても疑問しかない。
だけど。
「ウォン!」
だけどこの子は真っ直ぐにこちらを見て、パタパタ正直な尻尾を振っていた。擦り寄って、舐めて、お腹を見せて甘えてくる。愛していると全身で伝えてくる。
生きなきゃ、と初めて思った。
開けないLINE
やってしまった。勢いで送ってしまった。
読み返そうにも、開いてるときに返信が着たら、即既読をつけることになる。心の準備もなく返信を見るのも怖い。
やっぱり素早く開いて送信取消すべきだろうか?
今ならまだ見てないかも。取り返せるかも。
でももう見てたら? それに言いたかったのは事実だし、勢いがなかったらいつまでも進展なんてないし。
「夏祭り一緒に行かない?」なんて。
ぴんぽん。
音と振動にスマホを取り落とす。
返信。
不完全な僕
僕には大切なものが欠けている。
生きていくのに必要なもの。
自由に生きるためにあるべきもの。
腕を失くして義手にし、足を失くして義足にし、体が壊れては継ぎ接ぎして、それでも義務に縛られた。あの女は僕を愛してると言うけれど、僕はそれには応えなかった。
そして最後は呪われた。
僕には心がない。痛む胸がない。ハートがないから人を愛せない。
あの女は僕の身体を奪っただけではなく、彼女を想う心まで壊してしまったのだ。