未来
「知ってる? 大昔は自分で性別を選べなかったんだって」
「え、そんなことある?」
「らしいね。肌の色も決まってたって」
「そういうの『生まれつき』って言ってたらしいよ」
「じゃあ飽きたら変えるとかもなし?」
「なし」
「髪も?」
「いや、髪の色は変えられたらしい」
「はー? 謎すぎる。何で髪はよくて肌はダメなん?」
「さあね」
「単純に技術の問題?」
「ふうん……あんま変わんなくね?」
「まあ面積大きいから」
「ぶは、ソコ?」
1年前
柱の前に立つ。下敷きを頭に乗せ、固定してその下から抜ける。油性マジックで下敷きの下に線を引く。
新しく書いた線は、その下の線と指2本分離れていた。
目線よりも少し下にも線がある。こちらは赤いマジックで刻まれている。そのうち追いつくんだから混ざってもわかるように、と言っていた。
「あーお兄ちゃん1人でやってる!」
「げ」
「どうせ背伸びてなかったら恥ずかしいからでしょ」
「ちげーし伸びたし」
「私もやって!」
好きな本
「マンガ」
「えーかいけつゾロリ?」
「ミステリ」
「プラトン」
「えっプラトンってなに?」
「恐竜?」
「それはプテラノドンだよ」
「ていうかマンガってありなの?」
「ゾロリよりはいいだろ」
「いいじゃんゾロリ!」
「アニメは見てた」
「ミステリは?」
「興味ない」
「ない」
「クイーンなら読んだ」
「海外」
「この前アニメ映画やってたよな」
「それは怪盗クイーン!」
「あれでしょ実写で歌ってた」
「それはボヘミアン・ラプソディ!」
あいまいな空
空を見上げると真っ暗だった。
「なんも見えん……」
足元は街灯の光がわずかに当たっているだけだ。絶望的だった。
「なんで月もないんじゃ……」
明日は雨らしいから、もう雲が立ち込めているのかもしれない。
「ばか晴人ー!」
「げっ」
自転車で突っ込んできたのは隣の家の光里だった。
「ほら! おばさんから預かってきた」
「おお!」
左目からコンタクトを取って、差し出されたメガネをかける。見上げると、満点の星空だった。
あじさい
雨音が部屋中を満たしている。
義息子は机に向かって手を動かしていた。沈黙が気まずい。
「彼方くん、夕飯何食べたい?」
さり気なく声をかけてみる。が、返事はなかった。心が折れそうだ。再婚して7か月。懐くどころか会話も不可能とは。
「できた」
彼はリビングを出て行った。完全無視。
「……うわ」
机には折り紙の紫陽花が咲いていた。
画用紙とのりを持って彼が戻ってきた。
「えっと、好きなものでいいよ。お義母さんの」
「!」
※あじさいの花言葉……家族、団欒