美しい雪明かりの夜の事。
一匹の子鹿がおぼつかない足取りで
何処かへと向かっている。
だが、すぐに倒れた。
誰かが悲しむわけでもなく、
弔うわけでもない。
あるのは美しい雪明かりの夜だけである。
その墓には一人の男が入っている。
だが名は刻まれていない。
誰も彼の名を知らない。
話によれば、彼は神父だったとのこと。
妻や子を持たず、裕福でもないが
毎日祈りだけは捧げていた。
人と関わることも無く、誰も関心を持たず、
今や名もなき墓となった、
孤独な人。
そして、その墓の前で別の神父が祈りを捧げている
彼もまた孤独な人だ。
男はあの遠い日のぬくもりを忘れることができない。
彼はその日始めて本当の安息感を得た。
金木犀の木の下での出来事である。
秘色色のドレスを着たあの女性を。
名すら知らず、会ったのは一度だけだというのに。
時は流れ、
街を去る電車の窓から金木犀の木が見えた。
そこには誰もいなかった。
聖なる夜。
男はおそらく凍えながら、
去年のクリスマスを思い出しているだろう。
モミの木は美しく飾り付けられ、
"きよしこの夜"を歌う聖歌隊。
そして、ディナーテーブルの真ん中には
キャンドルが置かれ、火がゆらゆらと揺れている。
家族団欒で過ごした日を。
男はこんな事は予想もしていなかった。
将校が笛を咥える。
敵陣地への突撃の合図なのである。
笛がなる前の静寂。
そして笛が吹かれた。
彼等は死ににいくようなものなのだ。
同刻
上層部はクリスマスを祝っている。
テーブルの真ん中にはキャンドルが置かれ、
火がゆらゆらと揺れている。
気づけば私は回廊にいた。
なぜこんな場所にいるのかはわからない。
あたりは真っ暗で左右のろうそくが、
石畳の通路だけを照らしている。
それは地平線の向こうまで続いているように見えた。
しばらく歩くと中年の男が立っているのが見えた。
すると男は言った。目を合わせずに。
「お前は悪魔の子だ」
何を意味しているのかはわからなかった。
しばらく歩くと今度は女性が立っていた。
彼女は言った。目を合わせず。
「お婆ちゃんが逝ったんだって。」
何を意味しているのかはわからなかった。
また歩く。
どこに向かっているのか、
なぜ歩くのかもわからず。
足音はしない。疲れもしない。
それからも大勢の人に出会った。
小さな男の子、若い女性、
老人、老婆、新生児。
ついに、終わりへとたどり着いた。
そこには男が立っていた。
「まだわからないか?」
彼は私の目を見つめながらそう言った。