家に帰るとお母さんから手紙を渡された。
「あんたに手紙が届いとるで。
ただ、切手代が普通より高いけどなぁ?
返信するなら、間違えてますよってそれとなく伝えてみんさい。」
『手紙?
手紙くれるようなまめな友達、おらんはずだけど…。
あ~…、先生とかかな。
ありがと。』
宛名はたしかに自分宛で、大人の綺麗な字で書いてある。やっぱ先生か。誰だろ?
差出人を確認したくて、本文よりもまず差出人の名前を探した。
…?自分…??
自分の字にしては…、整いすぎてる。
普段の荒れ狂った字を真似されても困るけど、イタズラするなら多少真似ればいいのに。
《急にこんな手紙ごめん。
あと、挨拶書こうにも過去の自分に宛てた手紙で、なんて挨拶すればいいのか分からなかったからやめといた。
私は10年後の君です。嘘っぱちに聞こえるかもしれないけどほんとなんだ。
君は今、大学受験真っ只中の18歳だね。
とても今、苦しかろう?
動物感覚って本、分かるだろ?
急にいくら読んでも先に進まなくなったろ?
何度も借り直して、読み終わろうとしたよな。
けど、読み終わらなかった。
そして誰にも言ってなかった秘密。
文字、読めなくなったろ。
文字が大小に重なって、なんて書いてあるか読めなくなったよな。
受験生なのに問題文が読めなくて、学年順位が下から数番目になったはず。
辛かったろ。
只でさえ自分は死刑囚で死ぬべき人間だって思ってるのに、文字さえも読めなくなった…って、思ってただろ?
ぜ~んぶ、知ってんだぞ?
10年前、全く同じことを経験したんだから》
驚いた。
ついこの前までの地獄の一端がそこに記されていたからだ。
誰にも言ってない、隠して何とか対処してた地獄の一端が。そこにあった。
《よく頑張ったよ。
冷静に分析して考えて、自分の感情は差し置いて皆と同じ地面を歩かせるために、地道に、けどめちゃくちゃ頑張ったんだよな。
ほんと、よく頑張ったよ。
そこでの努力は、10年後の自分にもちゃんと還ってきてる。大丈夫。
大学進学後も考えて、努力していくと思うけど、そこの努力もめちゃくちゃ自分に還ってくる。
しといた方がいいんじゃないかと思う努力は、時間かかってもいいからするといい。
ちゃんと、還ってくるから。
ほら、字、綺麗になってるだろ?
荒れ狂った字、治せないと思ってたもんな?笑
あの崖を登ってこれたのなら、もう大丈夫。
この先10年、いろいろあるけど、君が頑張ってくれたおかげで難なく進めるから。
自分にたてた誓い、覚えてるよな。
死なないこと。
まずは死なないことだ。
死にさえしなければ、大丈夫だから。
10年後から先のことは自分にも言えないけど、そこを乗り越えてる君なら大丈夫。
無理をせず、ぼちぼち進め。》
先のことは正直どうでもよかった。
あの壮絶な日々を認めて貰えただけで、知ってくれてる誰かがいてくれただけで、救われた気がした。
『ぼちぼち何て言われたけど、またしっかり頑張るかな!』
(いや、頑張りすぎるな、ぼちぼち行け!)
外出嫌い
対人への恐怖心
外の世界に恐怖を抱いていた頃、
私は進学先を考えなければならない時期でもあった。
自分の気持ちだけ考えると
このままこの場所で
実家を中心とした世界で過ごしていきたい。
外の世界で一人で生きていくには
精神的負担があまりに大きかった。
だが、真面目に自分の人生を考えたとき
ふと気づいた。
このままここにいたら
親が死んでしまった時
私は自分でなにも出来ず
この場所でさえ生きていけないぞ…と。
両親は実家から通える大学を願った。
金銭的な面、田畑の手伝い等もあってのことだろう。
私は簡単には実家に帰れない場所を選定した。
実家から離れたからといって、簡単に帰れるところを選んでは、すぐ帰ってきてしまうかも知れないからだ。
可愛い子には旅をさせよとはいうが、
私はこの機会に、自分自身にしっかり旅させることを選択した。
大学ごときで何が旅だ!と思うかもしれない
でも、外の世界が恐怖の塊である内はしっかり旅なんだ。
人それぞれ立ち向かう恐怖や不安は異なる。
人がどう思おうと、自分が抱える恐怖や不安に立ち向かおうと行動に移すことは、その人にとっての旅なのだと思う。
自分の将来という、更なる恐怖を克服すべく
強い意思・覚悟をもって
目の前の恐怖と対峙した当時の私を
今現在の私は強く讃え、誇りに思う。
ありがとう。
よくやったぞ!
心を込めた花束を
貰ったことがない私は
あまり花束を好きになれずにいる
贈ることが形式化され
気持ちのない花束を贈り贈られ
何のために贈っているのか
正直よく分からなくなる
鼻がよく効く私には
花の匂いは強すぎて
残念ながらいい匂いとは感じられない
花束を贈るからと頼まれて
立ち寄った花屋さん
強烈な匂いが充満していて
少しでも早く逃げ出したくなる
形式化して
気持ちのこもらない花束を渡すくらいなら
渡さなければいいのに
そんなこと言えるわけもなく
形式的に渡して
形式的に貰う
花と花屋さんに失礼だ…。
花束が嫌いな私も
ふと思うことがある
愛するあの人からもらう花束は
それはそれはとても、嬉しいだろうなと
その人はたまに
山椒の枝葉をくれる
山で見かけるとわざわざ採って寄越してくれる
私は知っている
その人が山椒の葉の匂いがとても嫌いなことを
その嫌いな匂いが手についても
わざわざ見かけると採って渡してくれることを
初めて受け取ったとき
目を輝かして喜んで以来
私が嬉しそうに匂いをかいでいるのを見て以来
その人は渡してくれる
渡したあと、こっそり「くせっ…」といいながら
渡されるたび小さく喜ぶ
私の姿を微笑ましげに見ながら
そんな人から貰える花束
いろんな想いをはらんだ花束
貰って嬉しくないわけが
なかろうもん
初めて通る道なのに
曲がるとこを間違えなかった…!
………。
しょ~もな…。
こんなこと…、どこにも書けんわい…。
チックタックチックタック
それは否応なしに進んでいく
止まって!と叫んでも止まってはくれない
早く進んでほしくとも同様だ
ある日止まっていることに気づく
だが何処か別のところで代わりに時を刻んでいる
見かけ倒しに他ならない
幸せな時間も、来てほしくない時間も
どこかの針が無慈悲に進めていく
それでも、時間が解決してくれることが
世の中にあるのもまた事実で
あらゆる皆の想いを背負って
今日も針は進んでいく
黙々と
チックタックチックタック
今日も針は進んでいく