「夏」
怖い話をすると肩がすぐ重くなる。
映画でもホラーだけは絶対に見れない。
そんな僕なのに、何故か今遊園地のお化け屋敷の列に並んでいる。
僕の隣で彼女は今か今かと入場を待ち侘びていた。
今更、お化け屋敷やめとかない?と言える空気ではない。ましてや、彼女ともっと親密に密着できるチャンスを逃すのも躊躇われる。しかし、怖い。
正直、怖くて今にも手が震えている。
それを彼女に悟られないようズボンのポケットに手を忍ばせた。
「次の方」
「やっと順番きた〜」
彼女が嬉しそうに前へと進む。
「あ、静奈ちょっと待って!」
「何よ、真也ビビってんの?」
彼女は暗い通路の中をぐんぐんと進んでいく。
「そ、そうじゃない、そうじゃないけど!…危ないから一緒に行こ。1人で行くなよ。」
内心1人で暗闇の中で置き去りにされるのが耐えられなかった、という本音は伏せて僕は答えた。
「…そうか。…うん、わかった。一緒に行こ!」
静奈は少し驚いたが嬉しそうに返事をした。
そして僕の腕を掴んだ。
「!」
「さぁ、気を取り直して出発!」
彼女の髪の優しい匂いが鼻をくすぐった。
至近距離で彼女と密着するのはこれはこれで…別の意味で緊張した。
「イーヒッヒッヒッ、お二人さんお熱いねぇ〜」
最初に化けて出てきたのはなんとまぁ西洋チックなお婆さんだった。
彼女は爆笑している。
「なんで…魔女が出てくんの?!やばすぎ」
「…和洋折衷のお化け屋敷なんじゃないの。」
僕は冷静に分析した。そして脳裏にとある懸念がよぎった。和洋折衷となると、次にどんな仕掛けが来るのかまったく予想がつかない。
恐ろしさが2倍ましである。
次の暗い通路を抜けると、蝋燭が沢山並んだ部屋に出た。
「この蝋燭が消える頃がお前たちの最後だ……」
突如後ろから襲いかかる、忍者。
え、なんで忍者…?忍者お化けじゃなくない?
僕のツッコミはよそに彼女は忍者の繰り出す手裏剣を颯爽と避けた。…つまり全てのゴム手裏剣は僕の顔面に当たった。
「打ちとったり〜」
忍者は声高々にそう叫ぶと暗闇へとまた消えていった。
「…なんでもありだな…」
「あはは、面白い〜。さぁ気を取り直して進もう!」
そんなこんなで、僕たちは、お化け屋敷を進んで行った。
ある時は池の河童に胡瓜をやり、またある時は狼男と一緒にロックに叫んだ。
彼女は相変わらず僕の腕を掴みながら、勇猛果敢に進んでいく。
その姿はまるで後光がさすようだと僕は感じた。
それほどまでに彼女は迫り来るお化け屋敷の住人達を軽くあしらい、笑顔でくぐり抜けていったのだった。
なんていうか僕の彼女。
華奢な見かけによらずこんなにもかっこよかったんだ…と逆胸キュンしてしまうほどだ。
「あんまり怖くないし、楽勝だね」
「………そう、だな…」
いよいよお化け屋敷は最後の通路に差し掛かる。
そこには、何もなくただひとつ、台の上に宝箱があるだけだった。手前に鍵を見つけると出られるとだけ書いてあった、
「これなんだろう…」
彼女は不思議に思い、手を伸ばしかけた。
「あ、まて、なんか見覚えがある…これミミック的な奴なんじゃ…?」
「ミミックって何?」
彼女は漫画とかアニメそんな見ないもんな…わかるわけなかった。
彼女は疑問に思いながらも、宝箱を開けてしまった。
「危ない!」僕は寸前のところで、彼女の手を引き、代わりに自分の手をミミック(仮)につっこんだ。宝箱は僕の手を中から引っ張り掴んで離さない。僕は最後の力を振り絞り、宝箱の中から鍵を見つけた。
その鍵を彼女に放り投げた。
彼女と僕はミミックの中にあった鍵で無事出口へと辿り着いた。
結局最後はミミックから捕まった僕の手を彼女が引っ張り出して事なきを得た。
「面白かったね!」
「…カッコ悪いとこ見せちゃったな…」
僕が罰が悪そうに言うと、彼女は首を横に振った。
「ごめん付き合わせて、…苦手なんでしょ、実は怖いの。」
「え」
「見てればわかるよ。でも一緒に回れてよかった。」
彼女はふんわりと微笑んだ。
僕はその笑顔を見て疲れや恐怖が吹っ飛ぶのを感じた。
暑い夏のちょっとしたひと時、苦手に挑戦するのもたまには悪くないかもしれない。
恐怖に暑さを忘れて涼む事ができたのは事実だ。
それでも、なんとなく肩は重くなったのだが。
……家帰ったら、肩に塩振ろう。
そう決意しながら、僕は彼女に微笑み返した。
「心だけ、逃避行」
雲の上の遊覧船に乗っているの。
その周りを沢山の風船が、鳥たちと一緒に飛んでいて、雲魚が一緒に雲の海を泳ぐの。
遊覧船の名物は、雲の上のうどん。
「うどんなの?」
私は思わず聞き返した。
「うん、うどん。空の上でうどん食べたら美味しいよ。うどんの麺は真っ白艶艶。」
夢見心地で空を見上げて、ことりさんは呟いた。
ことりさんはいつもおっとりしているが、たまに夢想家になる一面がある。
前は心を持った楽器に出会っただの、前々回は旅の人に飛行石貰ったとか。よくもまぁ次から次へと突拍子もない事が浮かぶなぁと感心すらする。
なんで、今回雲の上の遊覧船の話題になったかというと、目の前に迫る中間試験の勉強に嫌気がさして私が「心だけでも、どっかへ逃げたい…」と願ったからだ。
「じゃあこういうのはどう?ほら、あの一際大きい雲。実はあの雲には遊覧船が隠れています。私達の街の上空に雲港があって、そこから遊覧船が毎日出てるの。」
「へーっ。」
いつもの調子で私はことりさんの夢想を軽く流そうとしたのだが、うどんのくだりでついついツッコミを入れてしまった。
遊覧船にうどん。変なリアリティが合うんだか合わないんだか。
思わず私は小さく笑った。
「で、そのうどんは誰が食べるの?」
「もちろん、遊覧船に乗るお客さん!今度みおちゃんも一緒に乗ろうよ。」
「はいはい。」
私はそう、ことりさんの話を軽く流して、再び勉強を再開した。
放課後の図書室を出てことりさんと一緒にいつものように下校する。
いつもは坂の下の駅前で別れるのだが、この日は違った。
ことりさんが学校を出た途端に私の手を掴み走り出した。
「ことりさん?!」
「みおちゃんに見せたいものがあるのです!ついてきて!」
学校裏の山道を抜けて、開けた場所に出ると、そこには…遊覧船が止まっていた。
「へ…」
「みおちゃんに言ってなかった事があります…。実は私、遊覧船に乗った事があるの!その乗り方みおちゃんにだけ教えるね!」
「何がなんやら…」
「私は昔から普通の人が見えないものとか世界に気がつきやすくて…。でも、私の話をいつもなんだかんだ笑いながら聞いてくれたのみおちゃんが初めてだったの。嬉しかった…!」
ことりさんは軽やかに微笑んだ。
「一緒に少しだけ、逃避行しよう?大丈夫!1時間で帰ってこれるから!」
ことりさんは笑って遊覧船に向かって歩き出す。
私はあまりの現実に別の意味で逃げ出したい衝動に駆られたが、ことりさんの見ている世界の片鱗を知れる気がして胸が高鳴った。
「うどん…あるの?」
小声で聞いてみた。
「あるよ!こっち!」
ことりさんは私を手招きした。
黄昏時に人知れず出発した雲の上の遊覧船。
船から眺めた夕日はこの世で見た色の中で1番鮮烈だった。空と空が絵の具のように混ざり合うグラデーション。
空の上で友達と食べるうどんは格別に美味しかった。
「冒険」
星瞬く深夜2時、草原にうねるような強く激しい風が吹き荒れた。
僕は、風に煽られた茶色い上着を着て身震いした。
それでも、カメラを捉える視線だけは離さなかった。
「あ」
思わず、声が漏れた。
空から一筋の星が流れた。
さらに数分後、箒星が夜空を駆け巡る。
僕は夢中でカメラのシャッターを押した。
星との出会いは冒険である。
これは僕の持論だ。
幾億光年の彼方から光る星々の、
最も美しく煌めく空を切り取りたくて、
いつもカメラを片手に山頂で足掻く。
僕が星空撮影を生き甲斐になったきっかけは、昔大学の友達と深夜に高尾山を登り、星を眺めた経験からだ。
山頂付近から、都会の方に上がった花火を上から見たのも印象的だったが、何より山頂で星空の煌めきの美しさに圧倒された。
夢中でスマホのカメラでシャッターを押した星たちは、後で見ると見事にピンぼけしていて、とてもがっかりしたのを覚えている。
しかし、心に記憶された美しい星は僕の人生を明るく灯した。
あれから10年、少しずつ、星空撮影をするためにカメラを覚え、日本各地の星空の綺麗な山に登っては、撮影してきた。
今夜の星も、自分史史上最高に美しい。
星空と出会うたびに、更新していく記録だ。
今宵も星々と見つめ合う至高の時を楽しもう。
「あの日の景色」
海辺を走る路面電車
田園と海のコントラストに酔う
ノスタルジーを詰め込んだ田舎の景色
眩い太陽照らす中
海辺を走る路面電車
隣り合わせの君と僕
2人の見ているものは同じだと思っていた
潮風が君を掻っ攫う
途中下車は知らない街の知らない海辺
行き当たりばったりの旅路
海辺を走る路面電車
君を下ろした路面電車
海と田園の中で笑う君の姿を
僕は記憶に焼き付けた
海辺を走る路面電車
僕は君の残像を感じながら
続く地平線へと目を向けた
これは願いだ。
息を吸うことを忘れて、肺に言えない言葉が沢山詰まった誰かのための備忘録。
抉るような傷跡
擦り切れた精神
崩壊する自我
それら全てを理屈じゃなく体験した誰かへ
言葉すら紡ぐのが憚られるほど
息を潜んで生きている貴方の人生は
貴方が思っているよりも尊い
例えば、空の青さを意識して取り戻した感情の静けさ
例えば、満身創痍でも日常を送れるしなやかさ
例えば、誰かの気持ちに寄り添って沈黙する優しさ
貴方の人生は貴方が思っているよりもずっと尊い。
明日朝日をまた拝めるのならば、
自然と誰かの頬が綻ぶように。
祈りは灯火。
願いは流水。
祈りは消えやすく
願いは流れていくけれど
それでも変わらぬものなどないのだから。
「願い事」