towa_noburu

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「心だけ、逃避行」

雲の上の遊覧船に乗っているの。
その周りを沢山の風船が、鳥たちと一緒に飛んでいて、雲魚が一緒に雲の海を泳ぐの。
遊覧船の名物は、雲の上のうどん。
「うどんなの?」
私は思わず聞き返した。
「うん、うどん。空の上でうどん食べたら美味しいよ。うどんの麺は真っ白艶艶。」
夢見心地で空を見上げて、ことりさんは呟いた。
ことりさんはいつもおっとりしているが、たまに夢想家になる一面がある。
前は心を持った楽器に出会っただの、前々回は旅の人に飛行石貰ったとか。よくもまぁ次から次へと突拍子もない事が浮かぶなぁと感心すらする。
なんで、今回雲の上の遊覧船の話題になったかというと、目の前に迫る中間試験の勉強に嫌気がさして私が「心だけでも、どっかへ逃げたい…」と願ったからだ。
「じゃあこういうのはどう?ほら、あの一際大きい雲。実はあの雲には遊覧船が隠れています。私達の街の上空に雲港があって、そこから遊覧船が毎日出てるの。」
「へーっ。」
いつもの調子で私はことりさんの夢想を軽く流そうとしたのだが、うどんのくだりでついついツッコミを入れてしまった。
遊覧船にうどん。変なリアリティが合うんだか合わないんだか。
思わず私は小さく笑った。
「で、そのうどんは誰が食べるの?」
「もちろん、遊覧船に乗るお客さん!今度みおちゃんも一緒に乗ろうよ。」
「はいはい。」
私はそう、ことりさんの話を軽く流して、再び勉強を再開した。
放課後の図書室を出てことりさんと一緒にいつものように下校する。
いつもは坂の下の駅前で別れるのだが、この日は違った。
ことりさんが学校を出た途端に私の手を掴み走り出した。
「ことりさん?!」
「みおちゃんに見せたいものがあるのです!ついてきて!」
学校裏の山道を抜けて、開けた場所に出ると、そこには…遊覧船が止まっていた。
「へ…」
「みおちゃんに言ってなかった事があります…。実は私、遊覧船に乗った事があるの!その乗り方みおちゃんにだけ教えるね!」
「何がなんやら…」
「私は昔から普通の人が見えないものとか世界に気がつきやすくて…。でも、私の話をいつもなんだかんだ笑いながら聞いてくれたのみおちゃんが初めてだったの。嬉しかった…!」
ことりさんは軽やかに微笑んだ。
「一緒に少しだけ、逃避行しよう?大丈夫!1時間で帰ってこれるから!」
ことりさんは笑って遊覧船に向かって歩き出す。
私はあまりの現実に別の意味で逃げ出したい衝動に駆られたが、ことりさんの見ている世界の片鱗を知れる気がして胸が高鳴った。

「うどん…あるの?」
小声で聞いてみた。

「あるよ!こっち!」
ことりさんは私を手招きした。

黄昏時に人知れず出発した雲の上の遊覧船。
船から眺めた夕日はこの世で見た色の中で1番鮮烈だった。空と空が絵の具のように混ざり合うグラデーション。
空の上で友達と食べるうどんは格別に美味しかった。

7/11/2025, 10:43:49 AM