「遠くへ行きたい」
中学に上がったばかりの頃、私はある日を境にクラスメイトからシカトされるようになった。はっきりとしたきっかけはなかったように思う。ただなんとなく、周りと打ち解けにくかった地味で目立たない奴が標的になった。そんなところだろう。私は最初こそショックで教室で泣いてしまったが、その泣いた光景を見ていた周りのクラスメイトはさらにエスカレートして無視を決め込むようになった。私の心は深く傷ついた。
どうしていいか、わからなくて。休み時間に違うクラスの友達のところへ会いに行ったりしてその場を凌いだ。
私がシカトされている事を知ってもなお、他のクラスの友達、りかちゃんは態度を変えなかった。人によっては、あの子シカトされてるんだと言う噂が伝わり露骨に態度を変える子もいた。
私は帰り道、りかちゃんにぼやいた。
「どこか遠くへ行きたいな…」
りかちゃんは私の切実な感情を深く読み取って、そして返事をした。
「行こうよ、2人で。自転車で、行けるとこまで行こう?」
お金のない中学生の現実的な交通手段は自転車だ。私たち2人はお互いの自転車に愛称をつけるほど愛着があった。
「歩ちゃん、この…チャリ子とチャリ助で行こうよ…!」
りかちゃんは自転車のペダルを鳴らした。
私は目の奥が熱くな涙が込み上げきた。
「うん…うん!そうだね…ありがとう、りかちゃん…いつもありがとう…」
次の日の朝、私は少し早起きして自転車に颯爽と乗り込んだ。
りかちゃんとの待ち合わせ場所までもうすこし。
この丘を超えた先にりかちゃんとチャリ子がきっといる。
私は、はやる気持ちを抑えきれず、前屈みになって必死にチャリ助を漕いだ。
遠くへ行きたい
どこか知らない場所へ行きたい
誰も知らない場所へ行きたい
でも1人だと怖い
けど君がいるから私は乗り越えられる
「クリスタル」
鉱物、とりわけ中でも水晶の場を浄化する力は凄まじい。
友達に誕生日に貰ったローズクォーツを部屋に飾ってから、部屋に入った瞬間に空気が和らぐようになった。また、日の光でキラキラと輝く様は見ていてうっとりする。
優しいローズクォーツの輝きを眺めるだけで癒される。
「そんなに気に入ってくれるとは思わなかった。」
友達は、意外そうにそう言った。
「気に入ったよ〜!それに前ちょっとだけ小説の影響で鉱物に興味があるって言った事覚えててくれて嬉しかった。ありがとね」
「どういたしまして。」
彼女は柔らかく微笑んだ。
私にとって彼女はかけがえのない癒しの存在。
クリスタルのようなキラキラした友情がずっと続きますように。
夏の匂いは清涼飲料水みたいにシュワッと溶けては消える。あるいは制汗スプレーの爽やかな香り。
貴方の残り香も、夏仕様。
「カーテン」
純白のシルクの滑り台に、赤ん坊が落ちてゆく。
柔らかなシルクの手触りを確かめながら、ふんわりとしたカーテン生地に、包み込まれるかのように赤ん坊は滑り台を下っていく。
行き先は下界だ。
僕は赤ん坊が1人、また1人と旅立つのを見届けると、シルクを整える。放っておくと波打つ広大な布地。整えるのに、結構筋肉を使う。しかし、命を次へと送り届ける重大な任務なのでやりがいがある。
次の赤ん坊が今か今かと期待に満ちた眼差しで、滑り台の列に並んでいる。
「もうすこし待ってね。さぁ、できたよ!いってらっしゃい。」
僕は次の無垢な瞳をした赤ん坊を手招きした。
赤ん坊はシルクの滑り台に勢いよくのった、と同時に僕の足を掴んだ。
「え」
僕は体勢を崩しながら、赤ん坊と一緒にシルクの滑り台に包まれる。
シルク生地は僕と赤ん坊を下へ下へと運んでいく。
「き、緊急事態発生。係員滑り台に落ちました。」
無線で他の係員にそれだけ伝える。
「何をやってるの!今月3回目よ?次落ちたらただじゃすまないよ。」
同僚の呆れ果てた物言いに僕は身震いをした。
「すみません。なんか、赤ちゃんが僕の足を掴んで離さなくて。このままだと最後まで落ちちゃいそうです。どうしましょう。」
「あーもう…いっそ事君も下界楽しんできたら?」
「ええぇ?そんな、見捨てないでくださいよ。」
無線はそこで切れた。
僕は愕然とした。
なんとか赤ん坊の小さな手をズボンの裾から離したいのだが、思いの外強い力でびくともしない。
どうしょう。そんなに僕の事が気に入ったのかな
。なんてね。咄嗟に赤ん坊に僕は言葉を投げかけた。
「お兄さん、君の事忘れないから。いつか君に会いにいくから。だから離して。」
赤ん坊は僕を見て、微笑んだ。
そして確かに頷いた。
パッと手がズボンから離れた。
赤ん坊はそのまま下界へと落ちていった。
僕は間一髪のところで、落ちずに済んだ。
同僚に散々冷やかされながら、その日は仕事を終えた。
「いいの?そんな約束して。人間は案外覚えてるわよ。」
「えぇっ、そうなんですか?困ったなぁ……。」
僕はイチジク果汁入り聖水を飲み干した。
「有給使って、そのうち会いにいきなさい。一目見るだけでもいい。それが筋ってもんでしょ。」
「はい…」
僕は同僚の言葉に首を縦に振った。
あれから下界でどれだけ時間が経ったか僕にはわからなかったが、有給を使って僕は下界に遊びにきた。
人間たちに紛れて、僕も歩く。しかし誰も白いスーツを着る僕には目もくれない。当たり前だ、人間じゃないからな。
なのに、だ。
「あっお兄ちゃん!!!」
後ろから小さな女の子に声をかけられた。
女の子は人間で言えば5歳ぐらいだろうか。
その女の子は僕を見つけるや否や、ズボンの袖をギュッと掴んだ。
こ、この身に覚えのある圧力は。
「君はあの時の…赤ん坊か?」
「また会えて嬉しい!」
女の子は嬉しそうに答えた。
人生のカーテンは幕を開けたばかりだ。
「青く深く」
私の生まれたアンドロメダ銀河は赤い銀河と言われている。何故ならば、血濡れた歴史の繰り返しだからだ。初めて、故郷の銀河を離れ、天の川銀河を訪れた時、文明自体は稚拙だが、原始的な魅力の詰まったとある惑星に強く惹かれた。その惑星にすぐにでも降り立ちたい衝動に駆られたが、そこは自然保護区で、外部の宇宙人は上空から見守る事しか天の川銀河の宇宙法規上許されていなかった。
私は観光用の宇宙船に乗り込み、窓際で頬杖をついた。
「青い星は数多くあれど、こんなに深みのある水の星は初めてだわ。なんて、美しいんだろう…。」
私は持ち寄った記憶装置で、水の星の観察スケッチを手早く描き記した。
「美しいよね、でもこの星は死にかけてる。」
顔を上げると、背の高い男がいた。同じ観光客だろうか。
「え…」
私はその発言に驚愕した。
「君、もしかして外部銀河の人?その赤い髪は天の川じゃ珍しい。」
「ええ、アンドロメダから来たわ。」
「…あぁ、それは難儀な…」
男は深く頭を下げると手を合わせた。
「死にかけているとはどういう事なの?」
男は私の隣の席に座った。
「言葉の通りだよ。この星は…死にかけてる。寿命の話じゃない。心が死にかけてるんだ。僕にはわかる。」
「何故わかるの?」
私は疑問に思い聞き返した。
「当事者だから。」
「?」
「僕はこの星で生まれ育った、若い頃に天の川銀河の奴らに保護されたんだ。」
「貴方はチキュウジンなの?」
「…昔はね。」
男は眉を下げて、皮肉混じりに微笑んだ。
「君は惑星の心はどこにあると思う?」
「…私の故郷では、惑星達は皆悲鳴をあげたわ。心なんて考えた事なかった。物理的な殺戮と爆発。戦乱は常に小さな星を丸ごと消し去る。彼ら惑星の痛みを感じる暇もないくらい私の故郷は余裕がなかった。」
私は俯いた。手が少し震えた。今もなお脳裏に焼き付いて離れないのだ。あの業火に燃える、故郷の星が。
「…それは辛いね。…僕はね、地球の心は水に宿ると考える。その水は沢山の音や記憶を吸って常に地脈を流れる。」
「貴方は、あの美しい水の星の根幹がもう死にかけていると言いたいの?」
男は返事をする代わりに頷いた。
「当事者だからね…わかるんだ。僕らは星に対して償いきれない痛みを生み出し続けている。」
男は上を向き、きつく目を閉じた。
まるで祈りを捧げているかのようだ。
なんだ、どこも同じなのか。
どこも身勝手な生命が、大きな宿主を食い散らかしているのか。
私は男と別れ、観光船を後にした。
記憶装置には沢山の美しい水の星のスケッチが溜まっていた。
私はそれらを眺めながら、心の整理をつけた。
赤い銀河、アンドロメダ。もう嫌気がさす故郷の星々。それでも、私は目を背けちゃいけないんだ。だって私も当事者なんだから。
水の星、私の心を一時潤してくれた美しい星。
どうか、貴方の心が癒えますように。
そう、願いながら私は元来た道を歩み始めた。