記録的な残暑が続いている中では、四季だなんてほとんどカレンダーの中にしかない。破り取った一枚は紅葉で色付いた山々の写真で、一月経った今ですら現実は追いつけずにいる。
週末は十一月にも関わらず夏日になると聞いた。暦の上では冬であるはずなのに、秋すら訪れた実感がない。いつになったら季節は変わるのだろう。
そうやって思索を巡らせて、そういえば随分と前にあの柔らかい特徴的な金の匂いが運ばれてきたことを思い出した。
/暦通りの開花
お題:秋風
その衝撃は、存外私にとってはなんでもなくて、想定したほどの痛みは受けなかった。ただ視界の端にあの人を捉えたというだけで、その事実を冷静に受け止めることができた。
今にして思えば、朝には消えてしまうような淡いそれは、きっと初恋だったのだ。私と彼は同じ高校に通っていて、些細なきっかけでよく話す仲になった。あの頃の私達が何を話していたのか、何を見て、何を美しいと感じていたのかも、思い出すことができないし思い出そうとも思わない。それでもかつての私が今よりも純粋に恋を信じていたことは確かだった。
終わりは彼のメッセージからだった。何行にも連なったそれは目を通すだけで身が焼き爛れてしまうようで、半分も内容がわからなかった。それでももう先はないということだけは理解できて、無理をして何でもないように返答をしたことを覚えている。
しばらくは彼と遭遇しないようにしていた。高校の同窓会だって、仲のいい友人との集まりだって、彼に会う可能性がある限りは参加しないようにした。未練があった訳ではない。それでもどうしようもないやるせなさに勝てるほど私は強くない。だから逃げ続けていた。
数年が経って、ようやく心境の変化が訪れた。特に理由もきっかけもないが、今ならばきっと大丈夫だと思えた。
友人達がまた集まるらしいと聞いた。生憎私は当日予定があったが、そこに彼の人も行くようだった。予定までは時間もあったので、少しだけ様子を見に行くことにした。幸か不幸か、友人達が集まる駅は私の目的地の中間地点だった。
少し早く構内に着いた。物陰から様子を伺うと、どうやら何人か既に着いていて、話をしているところだった。息を殺して暫く待つ。あの人は姿を見せなくて、そういえば当時もいつも私が先に待っていたことを思い出した。諦めて私自身の集合場所を目指そうとした時に、遠く先にあの人がいた。向こうは私には気づいていないようだった。最後に見たままの姿で、どうしようもなく感情が乱された。あえて話すようなこともないし、今更どうする訳でもないけれど。遠くなっていくその背中に、また会いましょうと呟いた。
/きっとその日は来ないだろうけれど。
お題:また会いましょう
今、私がここで飛んだらどうなるのだろう。
殺風景な屋上だった。背の低い私を越える高さの欄干は、しかし椅子を持ってきさえすれば簡単に乗り越えられる。箱庭を守る脆弱な檻は、生徒の倫理感によってその役目を果たしている。この学校では鍵が開けっ放しになっているから誰だって入ることができるのに、奇跡的に事故も事件も起きていない。
私がこの学校に通っていた頃とは何も変わっていない。文化祭の最中だから校内は浮き足だっているが、それでもこの場所は静かだった。だからこそ余計に、あの頃の希死念慮を思い出してしまった。
あの頃の私は何もかも上手くいかなかった。漠然とした希死念慮を抱いていて、何度もこの欄干を飛び越えようと思っていた。
それでも私は飛べなかった。私には空を自由に舞う翼も無いし、どうしても怖くなってしまったのだ。
短い人生の中でも色々なことがあった。今では私は、飛ばなかったことも後悔していない。これからだってきっと楽しいことがある。そう期待できるようになったのは、もしかすると大人になったということなのかもしれない。
きっともう私は大丈夫だ。ゆっくりと息を吸い込んで、また歩き出すべく私は屋上を後にした。
/地に足のついた生活
お題:飛べない翼
視界の端で何かが揺れた気がした。懐かしい柔らかい匂いと、慣れたあの身長。心の奥に秘めた影が過った。
風に誘われて振り向く。そこには誰もおらず、通り抜けてきた河川敷があるだけだった。芒が川を眺めている。ただのよくある秋の風景だ。それでも私はどうしようもなく郷愁を煽られた。その影が、もう会うことのない人に見えてしまったから。今日がまるであの秋の日のようだったから思い出してしまったのだ。私はもう一度その芒を見やって、また歩き出した。
/幽霊の正体見たり枯れ尾花
お題:すすき