片桐椿

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 今、私がここで飛んだらどうなるのだろう。

 殺風景な屋上だった。背の低い私を越える高さの欄干は、しかし椅子を持ってきさえすれば簡単に乗り越えられる。箱庭を守る脆弱な檻は、生徒の倫理感によってその役目を果たしている。この学校では鍵が開けっ放しになっているから誰だって入ることができるのに、奇跡的に事故も事件も起きていない。
 私がこの学校に通っていた頃とは何も変わっていない。文化祭の最中だから校内は浮き足だっているが、それでもこの場所は静かだった。だからこそ余計に、あの頃の希死念慮を思い出してしまった。

 あの頃の私は何もかも上手くいかなかった。漠然とした希死念慮を抱いていて、何度もこの欄干を飛び越えようと思っていた。
 それでも私は飛べなかった。私には空を自由に舞う翼も無いし、どうしても怖くなってしまったのだ。

 短い人生の中でも色々なことがあった。今では私は、飛ばなかったことも後悔していない。これからだってきっと楽しいことがある。そう期待できるようになったのは、もしかすると大人になったということなのかもしれない。

 きっともう私は大丈夫だ。ゆっくりと息を吸い込んで、また歩き出すべく私は屋上を後にした。

/地に足のついた生活

お題:飛べない翼

11/11/2023, 12:01:41 PM