「久しぶり!」
嬉しそうに駆け寄ってくるのは私の親友だった人。
「久し振り、あれ身長伸びた?」
「そうなんだよ!ついに葉奈(はな)を超したんだ〜!」
そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねる。
「学校はどんな感じ?」
「楽しいよ!そっちは?」
「楽しいよ。……ね、なんか前より可愛くなったね」
「ありがとう、どんな所が?」
「…前から思ってた事も混ざるんだけど」
「良いよ?」
そう、紗矢(さや)は本当に可愛くなっていた。
別に前は可愛くなかった、とかそういうんじゃない。
もっと可愛くなった。
綺麗な肌に、こちらを魅了する少しの色気。
睫毛は長く、ほんのり染まった頬。
手入れされた爪、ぷっくりとしている唇。
鼻は高く、スタイルも良い。
手触りが良さそうなサラサラな髪。
そして、相変わらず変わらない、純粋で汚したくなるほど綺麗な心。
「…やっぱ良いや……」
「えー、気になる〜」
「駄目」
「もー、ま、生きてて良かった」
「いきなりどうしたの」
「何かね、何となく?っていうか、誰かいい人見つけたの?」
「何で?」
「………海(かい)に………その…」
「……振られたこと?」
「………そう、ごめんね、思い出させて………」
「ううん」
「それで!別に好きな人が出来れば、忘れられるかなって…」
「あはは」
「…まだ、海のこと好きなの?」
「まさか、吹っ切れたよ」
「あ、会ってみる?」
「ううん」
「……そっか」
「…私、海以外の人の事好きだった。中学生の頃、好きになって。でも、絶対叶わないから…思い続けてる」
「誰?繋げるかも」
「ありがとう、でも、言ったでしょ?叶わない恋なの」
「誰かと付き合ってるとか?」
「うん」
なんて話をしてるんだろう。
余計に惨めじゃない。
彼女は私が自分の事を好きだなんて思いもしない。
悲しいな。
好きな人に好きな人の話をする。
やっぱり惨めだ。
あーあ。
やっぱり、紗矢を自分の物にしたい。
諦めようって思ってたけど、そんなの無理だ。
その為には海が邪魔だなぁ。
付き合えはしなくても、海が居なくなればきっと泣きついてくる。
上手く行けば、私に恋愛感情を抱いてくれるかもしれない。
そうなればどんなに良いだろう。
でも、紗矢のことだから海が死ねば悲しむかもしれない。
笑わなくなったら、私はきっと後悔する。
じゃあどうする?
「そう言えば、私達って色々な秘密を作ったよね〜」
「うん」
「どんな秘密を作ったか覚えてる?」
「勿論」
「どんなのだったけ?」
「……秘密基地をつくったこと…とか?」
「あー!あったね、そんなの」
「楽しかったよね」
「ね〜」
駄目だなぁ。
やっぱり殺す以外思いつかない。
「じゃあ、もう行かないと!じゃあね」
「うん、また」
「あ、葉奈は可愛いから好きな人もイチコロかもね、そんな気負わないで」
「ありがと」
イチコロね。
速報です
〇〇県✕市で、三名の遺体が見つかりました
何者かによるものだとして調査しています
「……見つかるのは案外早いのね」
「………」
「…なんとか言ったら?まぁ、これで海は死んだ。まさか通行人がいるなんて思ってなかったけどね」
「……」
「…仕方ないでしょ?殺害現場を見られたんだから殺すしか無い」
「……」
「苛つくんだけど…はぁ、…誰にも言わないでね?言ったら殺すから」
「……脅し?」
「そう、実はね私。紗矢以外と秘密の約束したこと無いんだ」
「……」
「お前が二人目、良かったね。紗矢の次に信頼した人になった」
「……」
「………他言無用だよ?これは二人だけの秘密」
ー二人だけの秘密ー
「好きです…」
勇気を振り絞った一世一代の告白。
そんな告白に彼は眉を垂らした。
「え、それ本気で言ってんの?」
小さく頷く。
と、彼は悲しそうに笑った。
「そっか」
まるで嘘であってほしかったかのように。
あぁ、これ振られるんだよなぁ。
考えたら急に悲しくなってきて下を向く。
本当、馬鹿だな、私。
これからも関わってくいくのに、気まずくなっちゃったじゃん。
「何で?」
「え?」
「何で俺なの?」
「…気遣ってくれる所とかを好きになったの」
「俺等、幼馴染じゃん?どうして今…」
「何となく分かってたの、だけど認めたくな無いっていうか…意地はって先延ばしにしてきた。でも、認めざるおえなくなった。きっかけは夏休み。アンタと親友が二人で出掛けるって話聞いてモヤッとした。アンタ達の関係に妬いた」
「…知ってたの?俺達が付き合ってるって。俺は勿論、沙矢(さや)にも黙っとくよう言っといたんだけどな」
「気づくよ、そりゃあ。だから、これは私が満足する為の告白。沙矢にも告白するって言っといた。もうこれでおしまい。アンタは私を振ってこれからもなにも無かったように生きていく。私達の関係は変わらない。けどアンタには沙矢がいる」
涙が出てきた。
やがてその涙は私の頬をつたい地面に落ちる。
「だから!だから!!………だから、もう、これ以上優しくしないで…」
こんな告白、こいつには、海(かい)には重すぎるかもしれない。
海は何時だって優しかった。
格好良かった。
護ってくれた。
寄り添ってくれた。
慰めてくれた。
だから、こんなときだって私に優しくする。
寄り添ってくれる。
私の目の前には海のハンカチがあった。
汚れ一つ無い真っ白なハンカチ。
まるで、海の心みたい。
海はもう私の頭を撫でてはくれない。
ずるいなぁ。
沙矢が、羨ましい。
いや、違うの。
沙矢は努力した。
意地をはってた私とは違う。
純粋で、汚したくなるほど綺麗な心は海と同じ。
だから惹かれた。
そんな彼女が好きだった。
一番の親友だった。
だったら喜ばなくちゃ。
努力は結ばれた。
無事に付き合った。
良いことでしょ?
私は彼女を嫌いになれない。
それは、海も同じ。
あぁ~あ。
私はきっと地獄に堕ちる。
親友の幸せを喜べないなんて、私の心は汚れているの?
だから、海とも付き合えないの?
それとも、最初から私と海の糸は繋がってはいなかったの?
誰かに切られたんじゃなくて?
それならなんで?
私は海を好きになったの?
この気持ちは恋心じゃ無かったの?
そもそも、この好意は海にじゃなかった?
じゃあ、一体誰に向けたものだっていうの?
沙矢?
どうして、そんなのあんまりじゃない?
じゃあ、私の運命の糸は最初から何処にも繋がっていなかったの?
ずるいと思ったのは、紗矢にじゃなくて、海ってこと?
叶わない恋なんてしたくなかった。
それじゃあ、今抱いているこの嫌悪感は、海に対して?
恋敵に優しくされたくなかったの?
「どうして、優しくしちゃいけないの?」
「…………私は!アンタなんかに!慰められたくない!」
「え、ごめ」
「そうやって!謝らないでよ。とにかく、もうこれ以上優しくしないで」
後ろも見ずに歩き出す。
どんな顔をしているだろうか。
それとも、私の言葉なんかじゃ心には響かないのだろうか。
これからはどんな顔で会えば良い?
分からない。
今もなお止めどなく溢れてくる涙の止め方を知りたい。
今日が初めて、優しさを気持ち悪く感じた日だった。
ー優しくしないでー
「父さん、僕達はどうしてこの島に引っ越してきたのですか?」
ある時そう息子に聞かれた。
私には答えることが出来なかった。
答えたらきっと、この子は気を遣ってしまう。
そうなる事がどうしても嫌だった。
だから、真実をはぐらかすように息子の頭を撫でながら優しく言った。
「ここは空気が綺麗で体にも良い。だからだよ」
嘘は言っていない。
約30㎝差の息子の頭を撫でながら空を見上げる。
空には飛行機が飛んでおり、雲を引いていた。
様子を見て息子を家まで誘導する。
「ゴホン、ゴホゴホッ」
咳をし始めた息子の背中をさすりながら電気をつけた。
無機質に光る電気は時折点滅していた。
そんな中、リビングのソファに一旦横になった息子を見ていた。
外からは小鳥の鳴き声が聞こえている。
鳴き声を聞いていると雨の音がし始めた。
確認もせずにカーテンを閉める。
「父さん、熱いです…」
先程よりも呼吸が荒くなっていた。
「雨が降っているんですか?」
「そうだよ」
カーテンを開けて外を見せてやる。
と、いきなりインターホンがなった。
「出てくるね」
玄関に向かう。
戸を開けると、外には黒いスーツのガタイの良い強そうな見た目の人が三人。
「どうですか?」
「良かった、上がって下さい。今症状が出てきて大変だったんです」
「分かりました」
三人は家に入ると素早く作業に取り掛かる。
そして、数分ですべてを終わらせた。
「薬はどうなってますか?」
「実は、もう数日前から無くなっていて飲ませられていないんです」
「では…こちらをお使い下さい。飲んでいなかった分を取り返せる強い薬です」
「ありがとうございます」
「それから、いつもの薬です。少し多めに入れておきます」
「はい」
「また、3週間後に」
ソファの方を見ると、息子は気持ち良さそうに眠っていた。
ここは、病気のある人が暮らす街。
一つ一つの家が大きく、立派な家と両隣についている公園くらいの大きさの庭。
これは、家の敷地外に出ては行けないからである。
いや、出てはいけないのは病人の方。
そして、病人には決してここが施設の様な場所だと悟られてはいけないのだ。
理由は分からない。
ただ、そう説明された。
それだけだ。
この場所は、病人にとって楽園の様なものだと説明された。
実際にどう感じているかは分からない。
窮屈だと感じているのかもしれない。
広い庭があって敷地内にいる限りどんな事をしても良い。
嫌な記憶は残らない、楽しい記憶だけ増えていく。
これも薬の作用だと説明された。
正直、とても怖い。
最近息子は妻の事を度々忘れる事がある。
忘れられるのは嫌だが、それ以上に嫌なことは嫌な記憶として忘れられる事だ。
日々ストレスが溜まっていく。
確かにここに来てからやる事が減った。
とても助かる。
それに伴い、ストレスもすごく溜まった。
ここは楽園であり地獄なのだ。
楽園というのは楽しい場所なはずだ。
苦しみなんて無いはずだ。
それで言うとここは楽園なんかでは無いのかもしれない。
昔に戻りたい。
最近常々そう思う。
ー楽園ー
「こっちこっち」
狐のお面を被っている子がこちらに手招きしている。
おいでおいでと誘っている。
深い山奥。
狐のお面を被っている子は、きっと少女だろう。
少女についていくと知らぬ間にこんな山奥に来てしまった。
後ろを振り返っても道はなく、帰り方さえわからない。
もうついていかない方が…。
頭では分かっているものの、体はついていきたがっている。
自然と引き寄せられて足が止まらない。
「こっち、もう着くよ」
可愛らしい声が私を呼んだ。
微かにお祭りのような音がする。
近づくに連れ、美味しそうな匂いがしてきて私の腹がなる。
「美味しいものが沢山あるよ、あとちょっと」
どうにも食欲には勝てないようで、私の足は次第に早くなる。
「あそこに行く」
顔を上げると、少女が暗い林の向こうを指さしていた。
「どうしてあんな所に行くんだ?」
「丁度中間なんだよ」
私の質問は答えられることは無かった。
薄気味悪い林を抜けると小さな鳥居が一つだけあった。
「この鳥居をくぐるの」
そう言うと少女は少しかがんでくぐった。
私は四つん這いにならないと、とてもじゃないけどくぐれない。
躊躇っていると少女はまた手招きして、こっち、と言った。
不思議な事に直ぐに四つん這いになる決心がついて、頑張って鳥居をくぐった。
「あそこだよ」
くぐり終わると少女は視線で示す。
そこには、さっきよりも暗い林があった。
体力も限界になっており、ペースは落ちたが無事に林を抜けた。
林を抜けるととても明るくなり目の前には立派な鳥居が構えていた。
その鳥居の向こうには楽しげに踊る、動物の仮面を被った人達がいた。
私が早速入ろうとすると、何処から出したのか、少女は私に狼の仮面を渡してきた。
そして一礼して鳥居をくぐり私に真似するように言ってきた。
言われたとおりに真似をして鳥居をくぐった。
瞬間、少女は私の手を掴んで引っ張ってくる。
それからしばらく手を掴まれていたが、その間、一言も言葉を交わさなかった。
ようやく私の手を離したのは人気の無いもう一つの鳥居の前だった。
「折角来たのに」
そうつぶやくと少女は笑いながら言った。
「ここで踊るの」
それからは有意義な時間を過ごした。
時間を忘れるくらい踊って気づけば音楽は止まっていた。
「これ、飲んで」
渡されたのは透明ななにか。
その液体が何だったのかはわからない。
ただ、美味しかったのは覚えている。
どんな容器に入っていたかもよくわからないがきっとペットボトルだったのだろう。
渡される前は驚いた。
少女は何も無い空間を掴んでおり明らかに手にしていない真っ白なキャップだけが空中に浮かんでいたのだ。
触ってみると確かに実体はあった。
私が飲み終わると少女は殻になった容器を取り上げ、私を鳥居の外に出るよう誘導した。
鳥居の外に出ると何事もなかったかのようにすべてが消えていた。
仮面以外は。
不思議と足取りは軽く、直ぐに家に変えることが出来た。
それからは、どんなときでも必ず頭の片隅にあの少女の顔とその時の出来事が浮かんでくるのだ。
あの時の事が一瞬のように思えてならない。
また行きたい。
しかし、どんなに願ってもあの時以来一度もあの少女が来たことは無い。
他にも一瞬のように思う時は山ほどあったが、あれほど楽しいと思う事はもう無いのかもしれない。
これからの人生、長いように思えて一瞬だと考えると少しだけ悲しくなってくる。
ー刹那ー