「父さん、僕達はどうしてこの島に引っ越してきたのですか?」
ある時そう息子に聞かれた。
私には答えることが出来なかった。
答えたらきっと、この子は気を遣ってしまう。
そうなる事がどうしても嫌だった。
だから、真実をはぐらかすように息子の頭を撫でながら優しく言った。
「ここは空気が綺麗で体にも良い。だからだよ」
嘘は言っていない。
約30㎝差の息子の頭を撫でながら空を見上げる。
空には飛行機が飛んでおり、雲を引いていた。
様子を見て息子を家まで誘導する。
「ゴホン、ゴホゴホッ」
咳をし始めた息子の背中をさすりながら電気をつけた。
無機質に光る電気は時折点滅していた。
そんな中、リビングのソファに一旦横になった息子を見ていた。
外からは小鳥の鳴き声が聞こえている。
鳴き声を聞いていると雨の音がし始めた。
確認もせずにカーテンを閉める。
「父さん、熱いです…」
先程よりも呼吸が荒くなっていた。
「雨が降っているんですか?」
「そうだよ」
カーテンを開けて外を見せてやる。
と、いきなりインターホンがなった。
「出てくるね」
玄関に向かう。
戸を開けると、外には黒いスーツのガタイの良い強そうな見た目の人が三人。
「どうですか?」
「良かった、上がって下さい。今症状が出てきて大変だったんです」
「分かりました」
三人は家に入ると素早く作業に取り掛かる。
そして、数分ですべてを終わらせた。
「薬はどうなってますか?」
「実は、もう数日前から無くなっていて飲ませられていないんです」
「では…こちらをお使い下さい。飲んでいなかった分を取り返せる強い薬です」
「ありがとうございます」
「それから、いつもの薬です。少し多めに入れておきます」
「はい」
「また、3週間後に」
ソファの方を見ると、息子は気持ち良さそうに眠っていた。
ここは、病気のある人が暮らす街。
一つ一つの家が大きく、立派な家と両隣についている公園くらいの大きさの庭。
これは、家の敷地外に出ては行けないからである。
いや、出てはいけないのは病人の方。
そして、病人には決してここが施設の様な場所だと悟られてはいけないのだ。
理由は分からない。
ただ、そう説明された。
それだけだ。
この場所は、病人にとって楽園の様なものだと説明された。
実際にどう感じているかは分からない。
窮屈だと感じているのかもしれない。
広い庭があって敷地内にいる限りどんな事をしても良い。
嫌な記憶は残らない、楽しい記憶だけ増えていく。
これも薬の作用だと説明された。
正直、とても怖い。
最近息子は妻の事を度々忘れる事がある。
忘れられるのは嫌だが、それ以上に嫌なことは嫌な記憶として忘れられる事だ。
日々ストレスが溜まっていく。
確かにここに来てからやる事が減った。
とても助かる。
それに伴い、ストレスもすごく溜まった。
ここは楽園であり地獄なのだ。
楽園というのは楽しい場所なはずだ。
苦しみなんて無いはずだ。
それで言うとここは楽園なんかでは無いのかもしれない。
昔に戻りたい。
最近常々そう思う。
ー楽園ー
4/30/2024, 12:24:11 PM