遠くに行きたい
「クリスタル」
「クリスタル
猫の姿もイイね」
「君のその 茶トラ模様は私の好みだよ」
クリスタルと呼ばれた猫は警戒しながらゆったりと尻尾を動かした
「しかし 残念だね 君はその類稀な美しい色の瞳を変えることが出来なかったらしいね」
茶トラの猫は 最大の警戒態勢で牙を剥いてシャー!と威嚇した
風変わりな衣装を着た老人の足元でパリパリと音が鳴り始めた
「キャー 見て〜 この猫 綺麗な眼をしているよ〜」
老人が見えないのか 通りすがりの女子学生が数人しゃがんで茶トラ猫を囲んだ
「残念だな お前の存在維持能力が効かなくて」
「お前もな 道路の向こう側からは お前はもう 人間に見えているよ」
通行人数名が すっと立つ茶トラの髪をした背が高い若い人が いきなり囲まれて撫でられてる図を見て びっくりしている
「解答を渡せ さすればお前を生かしてやる」
「無理なのは、知っているだろう
誰も私を生かせられない
それに 私が持っている答えには 鍵が掛かっている
私は それを開けられない! 去れ!」
足元の石畳みの間が砂になってさらさらと地面に吸い込まれ始めた
キャー嫌だわ〜 ここ穴が開くわよー!
茶トラの身体がぐらりと傾いて地面に出来た小さな穴に後ろ足が落ちた
通りの反対側では人間が1人突然下半身迄地面に落ちてハマった様に見えた
小賢しい 姿が薄く消え入りそうになりながら老人が地面に吸い込まれ
下から必死で這い出ようともがいている猫の足を掴むと一気に穴に引きずり込んだ
スポンって茶トラ猫は消えた
後には、小さい穴が残った
地面の下で轟音をたてて走って行く地下鉄の真上まで
「夏の匂い」
怖い夏の匂いのお話をします
祖父は 山深い中腹辺りに 道と水道と電気を通し 家を建てて 住んでいました。
農園の経営で 山を幾つかと 川と 小さい滝も所有していました
そこは 亜熱帯の異国の 深い山の中の 本当のポツンと一軒家でした
月が無い夜は 漆黒の闇が山に広がります
人間は 全くの闇の中を歩くと 方向を失って同じ所をくるくると円になって歩くそうです
家の周りには もちろん 毒蛇が ウヨウヨいます
世界でも 3位ぐらい強い毒だそうです
ここには あり過ぎるぐらい いっぱい何かがあります
人間の会話よりも うるさく鳴く虫の声 シュルシュル動く何かの音
山も ぼ〜ん とか ほ〜んって たまに音を出します
湿気を含んだ 土と 大きい木と 草と石の 混る周辺の匂いの中に
絶え間なく咲く 多種多様の花の香りが漂っている
、、、
お待たせしました
話はここから 怖くなります
ちょうど 私が6歳ぐらいの頃の話です
私には、大人に見えない想像上の友達が二人いました
まあ 小さい子がよくする事です
その日も 山の中でその子達と遊んでいたらいつの間にか 日が暮れ始めました
早く帰らないと 山は真っ暗闇になってしまいます
なのに さっきから 何やら知らない道を歩いている様です
段々と闇が迫って来て 道も見えづらくなって来ました
そうすると 人は嗅覚が敏感になって来ます
目を閉じると 匂いが道を教えてくれる事に気がつきました
土の匂いが 伸びて行く道を教えてくれるし
木の葉っぱの匂いが 家の近くに生えてる木を教えてくれる
多種多様な花の匂いも いつもの場所を教えてくれる
でも突然と
ゆらり はらり はらり ゆらりと
道を渡りながら私の近くに漂って来た
花の匂いに私は、
やったー!!
この匂いは 家の庭でばーちゃんが育てている花の匂いだー!
家に帰れるー!
その方向に 向かって走り出した私を
その二人の友達に引き戻されました。
よく見ると 崖っぷちに立っていて
もう一歩で落ちる所でした
その後 どうやって帰ったのかは覚えていませんが
帰り道に 友達と話をした内容は今も覚えています
その花の名前は、山ゆりで 崖に好んで生えているそうです
なので 山の中で 百合の花の匂いがしたら 崖があるかもしれないからね
覚えといてねって二人に言われました
もちろん 夜道を帰った私で 家は大騒ぎでした
二人の友達とはそれっきりです
こんな所に子供がいる訳がないでしょう!
もう遊んじゃダメです!
と言われる始末です
これは
夏の日の 私の命を助けてくれた幻の二人の友達と
私の命を奪うはずの 山ゆりの匂いの話です
「カーテン」
カーテンを必要だと思ったのは
最近だった
私の窓にカーテンは掛かっていない
ある日 どうしてだか急に 外から見られるのが恥ずかしくなってしまった
家に遊びに来た友達に これじゃあ外から丸見えじゃあないかって言われた
そうか そうだね 本当だ
全然気にしていなかったから 気が付かなかったよ、、
窓の前に置いているテーブルで
私は本を読んだり
珈琲やお茶を飲んだり
お菓子を食べたり
考え事をして
たまに、道を歩く人と目が合ったら ニコッとしていた
だって私の家だから
こんな平和を味わえるのは とても贅沢だとも思っていた
でもよく考えると
ついつい 夢中で本を読んでいる間に もしかしたら 変な顔をしていたかもしれない
無意識に
鼻をほじくったかもしれない
恥ずかしくなって来た
やっぱりカーテンは必要だ!
でも ちょっと待てよ
これ 何処かで読んだ内容とちょっと似てるよ
急に自分が恥ずかしくなる話
知恵の実を食べた アダムとイブが 自分達が裸なのを恥ずかしくなるんだ
それで楽園を追い出されるんだ
有名な失楽園の話だ
、、じゃあ
知恵が付かないなら 裸でも全然恥ずかしくないのだ
やっぱりカーテンは要らないや
私はもう少し この楽園にいたい