穏やかな冬の日差しの中、花が咲いている。シクラメンが咲いている。サザンカも。
エリカの白い花が咲いている。公園の花壇を埋め尽くすように。
霜月の太陽の下で、冷たい風に吹かれながらも、花を咲かせている。
葉が枯れて落ち葉となり、枯れ木が多い公園の中で、花が植えられ、育てられた花たちが色彩を放っている。太陽に祝福されているかのように。
スマホの画面を見ているだけの人々に気づかれにくいとしても、自然の美がそこにある。確かに色づいている。
風が吹き落ち葉が花壇に入ってきても、花の美しさは変わることが無い。
見つけた者だけが感じることができる。
育てていた者にとっては開花が報いとなる。
太陽の光を浴びて、冷たい風に吹かれながらも、シクラメンは、サザンカは、エリカは、公園の花壇に咲いている花たちは、今日も変わることなく咲き誇るだろう。
いつかは萎れ、花びらを散らし、枯れゆくとしても、霜月のこの瞬間にだけは咲いている。
見る者に一時の癒やしを与えながらーー。
ーー種は蒔かれ、芽を出し、花を咲かせる。それは自然が創り出す一つの美。それは決して損なわれること無く、いつまでも続いていくーー。
セーターの季節になると思い出すのは冬の到来。黒いセーターをいつも彼は着ていた。
細い黒い毛糸で編まれて黒いセーター。冬の間はどんな時も着ていた。ぼろぼろになるまで。
お気に入りのセーターなのだろう。ぼろが見つかるたびに新しい黒の細い毛糸で編み直していくぐらいに。手先が器用な彼は何度も自分で直していた。
どんな物も器用に作って、壊れたら自分で修理する。その繰り返しだった。
彼は多くを語らない。無言で静か。しかし、存在感は確かにある。知らぬ間にすっと周りに溶け込んでいる。そして、すっと離れてしまう。
独りぼっちというわけでは無いが、どこか独りを愛している。彼はそんな人物なのだ。
彼は黒いセーターを着ている。どんな時も変わることなく。黒いセーターと言えば彼のことを皆が思い浮かべるぐらいに。
すべての物を黒で統一されているのが彼の部屋だった。差し色を入れることもあるがベースは黒。クローゼットもベッドもテーブルも。部屋の家具すべてが黒だった。
彼に渾名を付けるならば、ミスターブラックだろう。それぐらい黒色は彼にとって身近な物なのだ。
今年の冬も彼は黒いセーターに身を包み、過ごしていくのだろう。いつものように変わることなく。
黒色だけが彼にとって安らぎを与える色であるためにーー。
闇があった。そこには。敗者となった仮面の群々を呑み込む闇が。
次々と呑まれ落ちていく。抗う力も逆らう術も、何もかもが打ち砕かれて。
落ちていって当然のことをしていた。それが敗者の運命。這い上がれることはできない。
生贄による甘い蜜を味わった後には。這い上がれたとしても、生贄はそこに無い。
ただただ辛い事実のみがそこにある。だから、闇に呑まれるしかない。
黒雷の鬼神の軌跡は滅びをただ遺すのみ。その滅びの後はただ闇が裂け目のように広がり、呑み込む。
妄執の幻影も足止めることはできずに、無意味に散らされた。最後に落ちていくのは仮面の群々を率いていた女王の仮面のみ。冷温の闇に浸からされながら。
決して温まることの無い冷めゆくだけの闇に。冷めゆく鉄のように冷たい闇に。
生贄を欲し、生贄を味わい、生贄を喪う。ただ、それに翻弄されるばかり。
壊れたマリオネットが紡ぎ出す闇の語りは、その半生を傲慢に語る。
対岸の火事のように、遠くを語り、近づいた時にはもういない。そして、為す術も無く焼かれてしまう。
小火のうちで消すことはできずに、火事の片鱗を語る。誰も理解することはできない。
嘲りは最初のうち。しかし、現実味を帯びて牙を剥く時。大火となる。そして、落ちていくのだ。
生贄による安楽を求めるとしても、いなくなる時のことを考えたほうが良い。
永久の不在が生贄に臨んだ時。その時こそ、闇は裂け目を生み出して呑み込もうとするのだからーー。
ーーすべては虚構の中。されど、現実へ至りかねない。妄想は現想へと変わりゆくーー。
良い夫婦というものは、互いを愛し合い敬い合っているもの。
互いに愛や敬意を払うことを怠ることは無い。
愛の炎は静かに、確かに抱き合っている。釜戸の火のように。
夫も妻も愛や敬意を互いに受け取り合っている。日々、欠かすこと無く。
二色の色で編まれたタペストリーのように途絶えることは無い。
糸が途切れ一色になるとしても、そのタペストリーは人生をかけて編み作られる。
壮年のタペストリーは、どんなに美しいものなのか。それは作り出さなければ分からない。
老齢になったとしても、そのタペストリーの美しさは損なわれること無く、美しいまま。
若い時から編まれ行く二色の糸で編むタペストリーはそれぞれの違いや好みを反映している。
けれども、どのタペストリーも美しさは変わることは無い。愛の炎、敬意の絆で結ばれ編まれたタペストリーは不変の美しさを持っている。
タペストリーを飾るどんな宝石があったとしても、夫婦が編み行くタペストリーに勝ることは決して無い。
二人の人生が編み行くタペストリーは不変の美しさを持ったまま、これからも編まれ行く。
絶えることの無い愛の炎と敬意の絆によってーー。
どうすればいいの?
どうすればいいのだろうか。自分なりにやってみても駄目出しを受ける。
どうすればいいのだろうか。五里霧中を駆け抜け迷うような感じを表現するには。
どうすればいいのだろうか。最初から答えを提示してくれればいいのに。
どうすればいいのだろうか。勝手に高く上げられたハードルを越えられない気持ちを。
どうすればいいのだろうか。上手く伝えられない気持ちを伝えるためには。
どうすればいいのだろうか。感動したいのにできないもどかしさを形にするには。
どうすればいいのだろうか。張り付いた目隠しを剥ぎ取るためには。
どうすればいいのだろうか。言の葉を言の刃にしなければならないのか。
どうすればいいのだろうか。先読みによる悪しき諦観に蝕む感覚に身を任せるしかないのだろうか。
どうすればいいのだろうか。知識の擦り合わせをしていないことを告げるには。
どうすればいいのだろうか。強固に閉ざされた思考のプロテクトを破壊するためには。
どうすればいいのだろうか。死にたい気持ちを生きたいに変えるためには。
どうすればいいのだろうか。その疑問すべてを生じる根本はどこにあるのだろうか。
どうすればいいのだろうか。心に引っかかる言葉を探すためには。
どうすればいいのだろうか。言葉の海をスルリと逃さないためにも。
どうすればいいのだろうか。意表を突くような仕方をするためには。
どうすればいいのだろうか。すべてを正しい仕方で終わらせるためにはーー。
ーー彼が遺した疑問の断片は、答えを得られたかどうかは分からないまま、思考の海を彷徨い続けているーー。