「好きな本」
80年代だった高校生の頃、洋楽が流行っていて、私も意味もわからないのに毎日聴いていた。
特にマイケル・ジャクソンが大好きで、お金を貯めて、いつかコンサート(今の言い方ではライブだろうか)に行こうと思っていた。
また当時は海外旅行ブームだったのか、海外の国を特集したテレビ番組が多く、これらを見るのも大好きだった。
田舎の高校の図書室の蔵書の中に、地理の参考図書として、すべての国ではないものの、各々の国の特徴とカラー写真が載っている図鑑のような本があり、これが当時の私の好きな本だった。これを放課後に何度も覚える程繰り返し見て読んでいた。
この本にあったシルクロードで有名な敦煌に行きたかった。
今思うと浅はかな考えだったのかもしれないが、これらの夢を叶えるべく、お金を貯めることを目的に看護師の道を進んだ。想像以上に多忙を極め、夢を馳せる時間が少しずつ減り、いつしかなくなっていた
10年以上の月日が流れ、私は結婚し、家事や育児や仕事で、慌ただしい日々を過ごしていた。
ある日、テレビを見ていたら敦煌の町が映っていた。私は信じられなかった。あまりにも賑わい発展している都市となっていたのだ。
そして数日後にはマイケル・ジャクソンの訃報が報じられたのだった。
その頃の私の好きな音楽は童謡や子ども向けの歌、好きな本は子どもと読む絵本だった。
さらに20年以上過ぎた今、自分をどこかへ置いてきてしまったような喪失感のようなものを感じている。
今の私の好きな本は小説になった。
いつかの「好きな本」はもうないだろう。
『あじさい』
仕事が休みの平日のお昼前、久しぶりにハンバーガーショップに来た。少しお腹がすいていたのて、チーズバーガーとブレンドコーヒーを注文した。
ここのコーヒーが大好きだ。ふとコーヒーを飲むようになったのはいつだろうと思った。はっきりしないが、二十歳は過ぎていた。当時、家では飲んでいなかった。その頃、私は看護専門学校に通っていたのだが、授業と病院実習の忙しさに加えて、家族間での揉め事もあって常にイライラしていた。そうした自分へのご褒美と称して、週に1回程度、学校の近くにできたばかりのチェーン店のハンバーガーショップに行った。
学校が休みの日の、比較的空いている午後、1人でハンバーガーとブレンドコーヒーを注文し、たばこを1本吸っていた。当時は店内の喫煙は制限されていなかった。
コーヒーとたばこは、イライラを解消するために始めたものだった。どれくらいの期間続いたか覚えていないが、1日1本と決めて吸っていたたばこは、いつの間にか止めていた。
そのうち就職するにあたり家を出てから、仕事と初めての1人暮らしで余裕がなく疲労のほうが強くなり、イライラはなくなった。
ここのコーヒーは味が濃い。「深煎り」という言葉を知ったのはコーヒーを飲むようになって、何年も経ってからだ。ここのコーヒーは深煎りなのかもしれない。
座った窓際の席から、植え込みのあじさいが目にとまる。濃い紫色とピンク色が鮮やかに咲いている。家に咲いていたあじさいは、とても色が薄い水色と緑色で、ひとつひとつの花びらが小さかった。私は、そのあじさいをきれいだと思ったことがなかった。
濃いコーヒーを飲みながら、濃く鮮やかに咲くあじさいを見て、意外な共通点を発見した私は、久しぶりに家に帰ってみようかなと思った。
『朝日の温もり』
「今日は休みだ!」
美知子は介護施設の看護師だ。週休二日だがシフト制ということや、急遽他の職員と交代することがざらにある。そういうわけで、今日は九日ぶりの休日なのである。
昨夜は夕食後の片付けをしなかったし、久しぶりにゆっくりお風呂に入った。
二人の子どもは既に社会人となり、家族にかける負担が減った分、仕事に集中できている。
しかし五十八歳ともなると、長時間の立ち仕事がきつくなってきた。話が通じない、世代が違う利用者達へのストレスも大きい。叩かれることは日常茶飯事で、たまに思いっきり殴られることもある。女性職員を、嬉しそうにじろじろ見る男性利用者には嫌悪感を抱く。職員間のゴタゴタも煩わしい。
「もうそろそろ辞めようかな…」
まあともかく、今日は休みだ。外は良い天気だ。夫も子どもも出掛けたし、ゆっくりしよう。コーヒーを淹れて、時間を気にせず過ごせる朝はありがたい。もう少ししたら洗濯をして、ゆうべの食器を洗おう。明日のことは昼になったら考えよう。
「岐路」
人生、順風満帆だと思っていたら、突然荒波に襲われることがある。あるいは笑いながら、鼻歌を歌いながら道なりに進んで行くと、突然道が二つに分かれている。
私の人生、いつもそうだ。みんな同じなのだろうか。
このままでいいのに、この生活がずっと続けばいいのにと思う間もなく岐路に立たされるのだ。
岐路に立つ度、私は迷う。引き返したくもなる。それができたら、どんなにいいだろうと思う。
迷い続け、考え続けて進む道を決める。覚悟を決めて、新しい気持ちで進むことにする。
新しい道を進み始めると、新しい自分になる。きっとこうして私は何度も自分を変えてきたのだろう。それでも岐路に立つ度、強くなれない自分を知る。
いつの日か、光輝く道が現れて、迷わず進むことができる時が来るだろうか。今はそれを信じて、進んで行こう。
梅雨は大嫌いだ。
理由は、蒸し暑さと、この時期に出てくる害虫だ。害虫は見た目の悪さは言うまでもなく、毒を持っているので恐怖でしかない。
雨はむしろ好きだ。静かな雨も激しい雨も、落ち着く。まあ雨は梅雨以外にも降るので問題にはならない。
ここに移り住む前の、ビルやマンションが建ち並ぶ都会に住んでいた頃は、梅雨を意識したことはなかった。マンションの5階に住んでいたのだが、蝉が飛び込んでくることはあっても、這って動く長い虫は見たことがなかった。海に憧れてここに移り住んでから、自然豊かで緑が多い場所は虫が多いことを知った。30年前の春にここに来て、新しい生活と仕事に慣れてきた頃に、初めて見た、畳のカビと恐ろしい程気持ち悪い虫が今でも忘れられない。
それでも、まだここに住んでいるが、若かった頃の気力はなくなり、いまだに虫に慣れることはなく、人が減って賑やかさが失くなってきた町に寂しさと不安を感じるようになった。
人生が残り少なくなってきたからなのか、もう何かに怯えたり、気力を使って生きたくはないと思う気持ちが強い。
雨が降ってきた。
梅雨は、私を新たな道へ進むよう促しているのだろうか。
(梅雨)