真っ白でしんと静まり返った世界にハルは居た。
手足の感覚を確かめながら、ハルが起き上がると
ハッと気づく。白の正体は雪だった。
だが、その雪は冷たくない。いや、冷たくないというよりは温度がないと言った方が正しそうだ。
音を確かめてみる。
「こんにちは。」
無機質な世界にハルの鼻にかかった声がこだまする。
どうやら、音はあるようだ。
パチンといった音と同時に
目の前に真っ白で小さく美しいきつねが現れた。
ハルが目を見開いていると
「そなたは、なぜ此処に来たのじゃ。」
と色なく問われた。
「……わからないわ。」
白狐は続けて言う。
「そなたは、わからねばならぬ。」
…?
「何をわからないといけないの?」
表情変えず、白狐は言う。
「そなたは、此処に来た意味を探さねばならぬ」
その言葉を言い残し、白狐は風と共に消えていった。
ハルは瞼をそっと閉じた。
そこには、あたたかで繊細な笑顔をしたあなたが居た。
「脳裏」
私は中2の夏休み明け、急に学校に行かなくなった。
はっきりとした理由は思い出せない。
6月位からクラスの雰囲気がなんとなく合わないと感じていた。
思春期真っ盛りの男子の会話も、
隣のクラスの女子が先輩と付き合ったなんて話も、
理科の先生が体育館裏でたばこを吸っていたなんて噂も、
全部、つまらなかった。
夏休みに入り、クラスメイトと会わない日々が続き、確証した。
あそこは、自分の居場所ではない。
あんなくだらない場所に行っても意味がない。
そう。私は自分からあの場所を絶ったのだ。
自分を誇らしくさえ思えた。
不登校のやつは、意気地なしだのなんだの言うけれど、
私は自分で行かないという選択をしたのであって、
社会の流れに身を任せて、なんとなく学校に運ばれていく
規則正しい制服の団体とは違うとどこか嘲笑っていた。
好きな本を読み、好きな映画を見て、好きな紅茶を飲み、
好きな時間に自由に勉強をした。
だが、一週間もすると以前よりつまらなくなった。
自分こそが「意味のない存在」に思え、
みんなと一緒ではない自分に恥じた。
三学期になると
泣いたり、自分に苛立ったりしながらも
なんとなく学校に行きはじめ、
恋をして、好きな人と会うために学校に行き、
下校時、友達と生徒指導の先生に見つからないように
ドキドキしながら肉まんの買い食いをしたり、
たまに学校に行けず布団にうずくまったり
今日という日が流れるように去っていった。
あれから20年
成功や理不尽、挫折や希望、
はじめての恋や死んでもいいと思うような失恋、、、
全ての時を経て、私という存在が形成されている。
「意味のない」とは___
「意味のある」 ということだ。
午前中の家事をクリアして、
LUPICIAのフレーバーティーを飲んでいると
美咲が部屋から出てきた。
「お母さん、頭痛い……。から。今日は部活休む…」
私は美咲に微笑みながら言った。
「いいんじゃない?
それは、とっても意味がなくて、意味のあることよ。」
「意味がないこと」
「俺、彼女が出来そうなんだよ。今日で家来るの最後な。」
台所からカレーを作りながら、料理をするかのように淡々と、そしてあっさりと彼は言った。
「この前言ってたマッチングの女の子?」
「そう。2、3回デートしたんだけど、いい子なんだよ。つーか、夏帆とも合いそう。今度3人で飯に行こうよ。」
ベッドに横たわりながら読んでいた漫画を顔に被せる。
聞くところによると、少年漫画の話で意気投合、3日に一回は深夜まで電話をする仲だと言う。
亮とは、行きつけのブックカフェで出会った。
3年前の冬、定例の読書会に参加した際に隣に居たのが彼だった。
目鼻立ちがはっきりして、快活でいかにもモテそうなタイプだった。
どうせ流行りの出会い探しの冷やかしだろうと距離を取っていたが、彼の持っていた安部公房の「砂の女」を見て、私は出会いを求める女さながらに話しかけた。
彼は見た目からは想像できないほど柔和で趣深い人だった。
3年、何もなかったと言えば嘘になる。
友達でも家族でも、ましてや恋人でも、どれにも当てはまらない関係が続いていた。
お互いの家に行き、読書をしたり、語り合ったり、ご飯を食べたり。そんな関係だ。それは、とても心地よかった。
「彼女」と言う存在が出来たら、この関係は何処に行くのか。別に終わってもいいが、終わる関係でもない様な気もする。
亮にとって私とは。私にとって、亮とは。
古本の何とも言えない匂いが私の鼻を刺す。
「あなた と わたし」