泡藤こもん

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5/12/2023, 8:26:21 AM

有名な崖の上に、ふたりで並び立つ。
私が彼の袖を引いてせがむと、彼は顔色を変えて「嫌だよ」と呟いた。
「どうして?」「いつもは私のこと、あんなに『愛してる』『好きだ』って言ってくれるのに」
彼は首を横に振る。
「こんなところでなんて」
「そんなの関係ないじゃない! ねえ、私のことが好きなら、やってみせてよ!」
渋る彼に、私は言い募る。少しばかりムキになっている。でも、ここに来たのに『やっぱり無理』なんてムシの良い話だ。
彼は覚悟を決めたように、両手を柵にかけた。緊迫した顔持ち。
彼が私の名前を呼ぶ。少しひずんだ掠れた声。緊張のせいだろうか。
「っ、⋯⋯、愛してるよーーーーーー!!!」
尾を引いた叫びの木霊がうわんうわんと山や谷を反射する。
古い映画のワンシーンの再現にほうと胸が高鳴る。
息を吐いた後、真っ赤な顔で俯いた彼に、愛おしさが溢れてたまらずに私は抱きついた。

5/2/2023, 6:10:08 AM

ひらひら。舞い踊る蝶のように指先をひらめかせて、彼女は「いいでしょう」と笑った。私はがく然とした。
ほんの少し前。確かそう、今朝までは確実に。彼女の指は白く滑らかで、その先端には桃色の爪が桜貝のように光っていた。
今はその自然な色合いは覆い隠されてしまっている。赤。青。緑。紫。黒。毒々しいまでの派手な原色が、彼女の薄く小さな爪を彩っている。
「どうしたものかな」
私が溜息を吐くと、彼女は驚いたか、呆れたように目を丸くする。
「あら。こういうのも、大人っぽくて素敵でしょう?」
「君にはまだ早すぎるし、派手すぎる」
「そんなこと無いわ。もっとキラキラに、光るように出来れば良かったとは思うけど」
ああ言えばこう言う。
私はもう一度溜息を吐いて、油性ペンで彩られた娘の小さな手を握った。

4/30/2023, 5:56:35 PM

永遠に広がるかのように思える、果ての見えない花畑。
それを一瞥すると、彼はふんと鼻を鳴らした。
がさがさと柔らかな若葉を踏み荒らしながら、桃色の花びらを散らしながら、彼は脱出する為の出口を探し出す。
暖かな陽気、色とりどりの花、澄み渡る青空。
誰にとっても素晴らしい場所だろう、一般的に見れば。
彼は蟀谷に青筋を立てながら、楽園を探す。
こんな場所は、我が恋人には相応しくない。
夜の闇の中、か細い星の光よりも尚静かに笑うあの人。「吸血鬼」と呼ばれるあいつの為の楽園を探さなければ。