泡藤こもん

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有名な崖の上に、ふたりで並び立つ。
私が彼の袖を引いてせがむと、彼は顔色を変えて「嫌だよ」と呟いた。
「どうして?」「いつもは私のこと、あんなに『愛してる』『好きだ』って言ってくれるのに」
彼は首を横に振る。
「こんなところでなんて」
「そんなの関係ないじゃない! ねえ、私のことが好きなら、やってみせてよ!」
渋る彼に、私は言い募る。少しばかりムキになっている。でも、ここに来たのに『やっぱり無理』なんてムシの良い話だ。
彼は覚悟を決めたように、両手を柵にかけた。緊迫した顔持ち。
彼が私の名前を呼ぶ。少しひずんだ掠れた声。緊張のせいだろうか。
「っ、⋯⋯、愛してるよーーーーーー!!!」
尾を引いた叫びの木霊がうわんうわんと山や谷を反射する。
古い映画のワンシーンの再現にほうと胸が高鳴る。
息を吐いた後、真っ赤な顔で俯いた彼に、愛おしさが溢れてたまらずに私は抱きついた。

5/12/2023, 8:26:21 AM