棺桶の扉が開かれ、遺族と参列者が周りを囲む。雪見は花が詰められた籠を持って彼らの元へ歩く。
「別れ花を添えた後は釘打ちの後、火葬が行われます。故人様にお別れを伝えることが出来る最後のお時間です」
喪主である老婦人はすすり泣き、ハンカチで拭う。彼女は雪見の方を向き、合図を送る。
「喪主の巴様から、ご遺族様、参列者の皆さまの順で配ります。手向ける際には故人様のお顔が隠れないよう、ご協力をお願いいたします」
白菊、白百合と白い花が目立つ。孫たちが折った折り鶴や舟など紙細工も手元に添えられる。籠いっぱいの花は二周したところで全て納められ、最後は、色とりどりのガーベラの花束を以て棺は固く閉ざされた。
「……また会いましょう、忠信さん」
『結び目は喉仏となり』
お題
永遠の花束
次に目を開けたときこの夢は覚めてしまうだろう。
唇の柔らかな感触はずっと残り続けている。
「ずっと待っているから」
『芽吹いた希望』
お題
瞳を閉じて
アルセリアの両親は幼くして亡くなった。
航海の際に嵐に巻き込まれ、彼らは水底に沈んだ。
打ち上げられた遺品は彼女の元に届けられ、片時も話さずに身につけていた。
数年後、アルセリアは住民たちに惜しまれながら、成人の儀式へと旅立っていった。心強い仲間を見つけ、旅をし、最後は海に巣食う恐ろしい怪物を封印した。
「お前は愛されているんだな」
「でしょ?」
「だな。俺達も、お前だからここまで着いてきたんだ」
ヴァレンティノがそう言うと、彼女が肩を叩く。
「急にそういうことを言うな!びっくりするじゃん!」
「悪かった」
鍛冶師である彼だから分かったことがある。
彼女の身に付けている遺品は、部品が欠けることもなく、錆びる事もなく、彼女と共に在り続けている。遠い過去、深い海の底に沈んでも娘を想う親の愛は生き続けているのだと。
「アルセリア、これからどうする?」
「決まってるじゃん!船に乗って皆が行きたいとこに行くの!」
看板に吹き抜けた潮風。アルセリアの首に下げた羅針盤が再び動きを始めた。
『終わらぬ旅へ』
お題
羅針盤
悲しみも悔しさも、深奥で混ざりあえば黒くなる。だがしかし、頬伝う雫は透明で、君を想う気持ちという上澄みのような気がした。
『魔女の泪』
お題
透明な涙
森の奥に住む画家は“ギフト”を持っている。
自然の力を借りて色──絵の具を作り出すのだ。雪解け水の白銀、樹木から得た琥珀、黒い薔薇から絞る深紅。ある令嬢が遺した首飾りの紺瑠璃。
✻
宗教画や華やかな貴族たちを主題とし、緻密な計算の上で描くのが主流の中、彼女はただ一人それに逆らった。
自然の猛威と生命の躍動、そこに生きる人々のありのままの生活。 頭に負った傷が原因で、作風が変わったと本人は言う。しかし、迷いのない豪快な筆遣いは色褪せなかった。
先で述べた紺瑠璃を使った絵画『ネモフィラが散る夜に』は若くして亡くなった令嬢自らが頼み込んだことに由来する。淡い恋は無惨に散らされ、残ったのは深い悲しみと恨み。
流した涙が花を染め、雨に変わった時には──。
いつしか彼女の絵は、彼女自身や画風、その在り方から圧政に対する反抗の象徴となってしまった。これを危惧した権力者たちによって多くの絵画が焼却処分されたが……。
以下、パーヴェル・イグルノフの手記からの引用である。
『燃え盛る炎の中に絵画が投げ込まれた。貴重な文化的財産が灰と煙に還る中で、彼女の絵だけは傷一つ付かなかった。炎は術者でも制御できず、皆が恐れる中、夜が明けるまで広場を照らしていた』
生家との確執や他国からの身柄引き渡し要求など様々な圧力に晒されてきた。しかし、彼女の夫セントヴァリス公ヴォルドの庇護、ブレヴォリス大公国の牽制もあり、彼女は圧力に妨げられることなく最期まで活動できた。
✻
『レーギュルスの大号令』
ツェスカ王国の建国記念日である11月17日、歴史上最大の流星群が観測された。夜空から絶え間なく降る星に人々は恐れ慄き、その門戸を固く閉ざした。事実、セントヴァリスの広場には激しい轟音と地響きを伴って隕石が落ちた。
しかし、その翌日、彼女はまだ熱を持つ隕石に刃を入れ、それを砕いて絵の具にしたのだ。当時において用意できる最大のキャンパスに書き込まれた流星群。
加工の手順を記したメモ、題名を決める際の夫との手紙、絵の具を含めた道具も寄贈されており、描く彼女の背中が鮮明に思い浮かぶのではないだろうか。
当時の街の空気をそのまま切り取った、と言わしめるほどの迫力に貴方達も息を呑むだろう。
『白狼の画家 エディア・アルヴィン』
お題
星のかけら