気が付けば、エノの姿を目で追っていた。その一挙手一投足を目に、脳に焼き付けるように見つめている。
本屋で道具や魔導書を見定める時の真剣な瞳、納得がいく一品を見つけた時の柔和な笑み。話してくれた魔法が戦闘で使われた時は、なんとなく嬉しくなる。
「こういう複雑なものは予め準備しないと……間違っていたら大変だからね」
魔法陣の転写や薬の調合は見せてくれない。本人曰く、見られていると緊張で強ばってしまうと。本当はその工程も見てみたいが、嫌がる事をするのは最低だし、繊細な作業を邪魔すれば被害は自分たちに飛ぶ。
「エノ、いつもありがとう。お前のおかげで安心して戦える」
感謝を伝えるのは一度では無い。ほぼ毎回伝えているが、やっぱり慣れないらしい。頬を染めて目を逸らされるのも悪くはない。
好きな仕草や瞬間は挙げればキリがない。全部好きで仕方がないから。だが、得意の水魔法を放つ瞬間が一番好きだ。薄緑の柔らかな瞳が、魔力を帯びて深い青に染まる。優しい魔法使いは無情な魔女となり、敵を討ち滅ぼす。その中でも、真っ直ぐに敵を見据える姿が美しくて。
「なぁ、エノ。お前はこれからどんな姿を見せてくれるのか……楽しみにしているぜ」
『君の全てを余すことなく』
お題
鋭い眼差し
(#騎士と魔女)
「ロランス、今の僕たちにとって一番恐ろしいのは……君が倒れることだ」
「アンセルムの言う通りよ、ここ最近ずっと働き詰めで……」
あぁ、確かに。言われてみればそうなのかもしれない。だが、南部のカダルナスと東部のロエンディアが落とされた。湾岸と工業、二つの主要都市を一気に失った以上、早急に手を打たねばならない。残った部隊を撤退させ、首都の防衛に徹するよう王に進言はしたが……。
「わかった。くれぐれも無理はしないでほしい……君たちがいなくなったら、さすがの私も堪えるから」
アンセルムを筆頭とした奇襲部隊を見送る。彼らの腕は確かだが、一緒に学んだ友人が前線に出るのは今も怖くて仕方がない。マリオンも同じ気持ちのようで、最後まで祈りを捧げていた。
「何かあればエレーヌに声をかけてほしい。私は部屋で眠るとしよう」
マリオンを妹に任せ、部屋に戻る。数日ぶりのベッド、その上で横になるとあっという間だった。
─
花畑の中を走る獣道。道に沿って歩けば、絵本の中で見たような小さな家が建っている。いつからか、私はそんな夢を見るようになっていた。夢の中だとわかっているから、これはいわゆる明晰夢というものだろう。
「やぁ、待っていたよ」
少し歩いたところ、家の前で彼は待っていた。いつもはノックした後に出てくるはずだが……。
「すまないね、久しぶりに君に会えるのが嬉しくて」
手招きされた先はクッキーとカップ、いつものお茶会セットだった。贅沢はあまりしない方だったし、最近は最低限の食事で済ませていたんだっけ。
「肩の力を抜いて。ここは誰もいないから」
公国の揺籃
wip
束の間の休息
「それでも、星を見るのは止められなかった」
星見家の一人娘、絃織のために建てられた観測施設。今日も彼女は望遠鏡越しに夜空の移ろいを眺め続けている。襲われてしまったことの傷は未だ癒えていないが、新たな趣味を見つけ出した彼女を止める理由にはならないのだ。
『夜空を織り取る』
星座
『遅くなってごめんね。助けてくれてありがとう』
女の子らしい可愛い字だった。そう、彼女は一年前、俺が助けた女の子だった。あの時の彼女は襲われたショックで、俺は警察を呼ぶので精一杯だった。
wip
巡り会えたら
『大願成就』
黄昏時、いつもの帰り道。彼はいつも手を差し出してくれるから、私は何も疑うことなくその手を握る。そして、何も変わらぬ一日が過ぎてゆく……はずだった。
雨が降り、風が吹き付ける。あるはずの暑さはどこかに過ぎ去り、上着を羽織るだけでは肌寒かった。異様に眠かったのを覚えている。帰ったら休もう、そう思いながら彼と歩いていた。
「xxxx」
私を呼ぶ声が聞こえて、顔を上げてみる。しかし、辺りには誰もいない。そう、一緒に歩いていた彼すらも。それを理解した瞬間、風邪とは違う寒気に襲われた。
「xxxx」
声が近くなった?
確かめようにも、身体は思うように動いてくれない。しかし、繋いだ手は驚くほど簡単に動いて、解けてしまいそうだ。
「……今更惜しくなったのか?」
彼の声が聞こえた直後、強く握り直される感触がした。
「お前は負けた。あのような不義理を、俺が許すとでも?」
がっ、と肩を掴まれる。
「どのような形であれ、二度と彼女に関わるな」
私を呼ぶ声は断末魔の叫びに変わった。恐怖に目を瞑っていたが、首元の感覚に目を開けた。
「よく耐えたな。何か温かいものでも買って帰るか?」
目線の先にはコンビニがあった。何か口にすれば安心できるかもしれない。その提案に乗ると、彼はいつも通りの、柔和な笑みで歩き出した。
『過去の隙間』
たそがれ