聞こえるのは漣の音。
寄せては返す波が足元に押し寄せる。吹き抜ける潮風が、白銀の髪を揺らした。
「主」
近侍が彼女の後を追って来た。柔らかな砂が足を絡め取るが、足跡だけが残る。
「無理言うてすまん」
「いいよ。運転するの楽しかったし」
海が怖くて仕方がなかった。水平線の向こうから、自分たちを飲み込む怪物が覗いていたから。静かに這い寄り、“ヒト”として溶け込んでいたから。
「わしが守っちゃるき、どこにも行きなさんなや」
主の最期を見届けた佩刀、その彼の気持ちに嘘偽りはない。強く握られた手に、指が優しく絡められた。
海へ
『堕神は海神となりて』
愛情と憎悪は表裏一体でありながら究極の同位体。しかし、愛憎の対になるのは無関心。
魔女にとって、彼らは確かに仲間だった。色欲に溺れ、怠惰な生活を送る彼らを諌めたが、彼らの罪を全て押し付けられてしまった。騎士が彼女を救い出したが、壊れた心は戻らない。
助けを乞う言葉も、下される判決も、魔女はぼんやりと聞いていた。 彼らの転落やその末路はどうだっていい。自分を大事にしてくれる騎士がいるのだから。
裏返し
閉館後の片付け作業。来館者は皆帰ったはずなのに、足音が聞こえる。少し目を離していた間に、出しっぱなしの椅子も、机の上にあった本も元に戻されていた。
いたずら好きな精霊かと考えつつ、出入り口を施錠しに向かう。そんな彼女の背後に、長い影が覆いかぶさった。
「夜隅の狩人」
鳥のように
「ドクター、貴女を愛しているんだ」
彼は確かにそう言った。しかし、先程から勢いは衰えず、フードまで外される始末だ。
「待って、将軍……それ以上は」
さよならを言う前に
自分の顔や肌を隠すのが習慣になって、いつしか晒すことが恐怖に変わっていた。信頼できる相手にもそれは変わらず、誰も私の顔は知らないまま。
テラを離れた今もそれは変わらない。刀剣男士はともかく、審神者たる者は黒や茶色の控えめな色目の髪や瞳が多い。
それもあって、変わらず隠していた。
誰にも見せることなんてもうないと、思っていたはずだったのに。
「主、ちっくと聞きたいことが……」
髪の毛を乾かしていた時、背後から声をかけられた。鏡越しに目が合って、何も考えずに振り返った。
「おお!おまさん、綺麗な顔立ちをしちゅーやいか」
心臓が止まるような感触がした。
「鏡」