百瀬

Open App
7/4/2024, 9:48:27 AM

振り返ればアーヴィン教授がウィンクした。本当は手を握ってほしかったけれども、あいにくヴァイオリンで手が塞がっている。
舞台の中心に立つのは、アルトの魔女──教授のお母様だ。
「こうしてみると、母さんと綾音くんは親子みたいだね」
本当に?と聞く間もなく、袖は闇の中に去っていく。

この道の先に

7/3/2024, 3:04:35 AM

 快晴の空から降り注ぐ光が肌を焼き付ける。湿気を帯びた空気も相まって、体力が雫として流れ落ちる。病院と家、たまに買い物の日々。

「和泉くん?」 

 心臓が縮こまり、体に震える。前の職場の人間か、と恐る恐る振り返る。

「近衛……部長」

 日傘を差し、サングラスをしているその人は、かつてお世話になった上司だ。体はあまり強くないらしいが、仕事と気遣いのできる優しい人だった。

「覚えてくれていたんだね。あぁ、そうだ。日傘はいるかな、昨日忘れた分もあってね」

 差し出されるままに受け取るが、高価なものだとわかって今すぐに返したくなる。しかし、せっかくの好意を無下にするようで……。

「すみません、お借りします」
「良かった。暑い日が続くから、水分補給も忘れずにね」

 退職してから少し経つが、何も成長していない。そんな私を見て、部長はどう思ったのだろう。話を切り出したときも、寂しそうにはしていたが、引き止められることはなくて。

「和泉くん、また会おう。気をつけて帰るんだよ」
「はい……部長も、お気をつけて」

 借りた日傘を差し、影に守られながら家路につく。また会うといっても、連絡先も何も分からないというのに。

「……君のことをずっと待っているからね」


Title
『暑聴』

Theme
「日差し」

6/30/2024, 10:00:16 AM

澄み切った天色の空に、“入道雲”が浮かんでいる。
日陰にいても暑い日……

(入道雲、未完)

6/29/2024, 7:57:45 AM

“教授、一口もらってもいいですか?”
下がり眉と潤んだ瞳。見事に撃ち抜かれた私は、まだ口をつけていない方を彼女に向けた。小さい一口と控えめに覗く舌に色気を感じ、思わず目を逸らした。
“美味しかったです。私のもどうですか?”
差し出されては断れない。溶けるクリームを舐め取れば、重たい甘みが広がる。
「綾音くん、君はどんな味がするのかい?」

Title
「眩む線引き」

Theme
「夏」

6/25/2024, 8:50:49 AM

「アーヴィン教授」
最初は誰に呼ばれたかわからなかった。声の主が彼女だと知った瞬間、私は彼女に抱き着いて涙を流した。昂ぶる感情のせいで、腕の力を緩めることが難しい。
「綾音くん、君が私を呼んでくれたのか?本当に?」
「えぇ、真っ先にアーヴィン教授のことを呼ぶつもりでしたので」

『筆から声音へ』1年後

Next