七夕前夜に土砂降りで、ああ今年は会えないのかと少し寂しく空を見上げた。
結果来るは七月七日。見事に快晴。
しかしながら、やはり織姫と彦星は、再会ならずであっただろう。
熱中症警戒アラート発令。外出はやめておくに限る。だって令和のこの時代、リモートでいつでも会えるでしょ?
「七夕」
窓を開けると途端に、取り巻く空気が憂鬱な季節に塗り替わる。快晴だ。もう既に外出したくない。セミなんて鳴いちゃってさ。ああもう今日一日中家にいたい。まあそういうわけにもいかないから、じっとりと窓の向こうのコンクリートを睨んでから朝ごはんを食べる。なんでもいいや。適当に焼いた食パンに、バター…いや、今日はジャムでいいか。ジャムに食パンに味噌汁…は、変か。今日はいいや。
むぐむぐ頬張って豆乳で流し込む。窓向こうから差し込む光に急かされるように身だしなみを整えて、最後の仕上げに。
日傘だ。
頼むぞ相棒、にっくき夏の日差しから、私を守ってくれたまえ。
では、行ってきます。ドアを開けた瞬間早々にくじけかけたのは内緒。
「日差し」
水滴が落ちるのを見ていた。
窓の向こう、水滴が落ちるのを見ていた。
窓の向こう、遥か上空から、水滴が落ちるのを見ていた。
窓の向こう、遥か上空から、たくさんの水滴が落ちるのを見ていた。
雨天。
水滴はたちまち無数の雨の礫となって、コンクリートに落下する。
コンクリートに落下した無数の雨の礫は互いに結びつき合って、大きな水溜りになった。
大きな水溜まりに、無数の水滴が落下する。
雨が降る。
「落下」
未来。未来ねえ。明日のことをどうこう言うのも面倒なのにさあ、未来なんて。せいぜい鬼でもくすぐって、そこらで爆笑させとけば? 人間は時間に逆らえないし、時間を追い越すこともできない。未来に希望をなんて言うけれど、そんなものより今眠ることを考えたらいい。別に希望を持つのが悪いなんて言わないけど、希望を持ちたいのは不安だからでしょ? 太陽のない時間に考え事なんてやるのは、その不安に餌をやるのと同じこと。
だから、今はおやすみ。未来なんてそんなもの、ただの白紙の日記帳に過ぎないんだからね。
「未来」
一年前の夏も暑かった。
ソーメンを啜る夜にふとそう思った。めんつゆから持ち上げたソーメンを一時停止させて、それからめんつゆの中に帰した。生たまご入りのめんつゆ、おばあちゃんには受け入れてもらえなかったな。信じられないものを見る目で見られて、でも別に何をいうこともなく、一緒にソーメンを食べたっけ。
隣でカランと氷が鳴った。グラスいっぱいの水に緩んだ氷が鳴いたのだ。クーラーが効いた部屋でも、グラスは結露から逃れられない。冷たい水で喉を潤す。
一年前の夏、おばあちゃんがいない初めての夏だった。なんだか夏が空っぽになって、私にはもう夏は来ないのだと思った。実際にはそんなことまったくなくて、また夏は来て、私はこうやってソーメンを食べているけど。
一年前、一年前、一年前が積み重なって、ほんの一年分の過去を見ながら、きっと私は未来へ行くのだろう。
一年前の私が、一年前を見て泣きじゃくっていたように。今の私がソーメンを啜っているのを、来年の私は思い出すだろう。……たぶん。
「1年前」