実は君が炭酸嫌いということは知っているんだ。
だけど炭酸をグビグビ飲む僕に気を遣って黙ってるんだよね。
だから僕が炭酸を君に勧めることはないんだけど、君的にはそれがちょっと嫌みたいだね。
こうして喫茶店で飲み物の注文に、わざわざコーラフロートを頼むくらいだもの。
アイス部分を早々に食べて、コーラ部分はちびちびとすごい顔をしながら飲む君。
もうかれこれ十分は格闘してるかな。なのに全然減ってない。
途中、代わりに飲もうか? と聞いても無言で首を横に振る君。意地かプライドか、自分の力で飲み切りたいのかな。
そうしてちびちび飲んでいる君だったけど、時間が経ちすぎてぬるくなったのか、あからさまに美味しくなさそうな顔をし始めたね。
さすがにもう見ていられなくなって、僕は君のコーラを奪ってグビグビ飲んだ。
気の抜けたぬるい炭酸を飲むのは久々だったけど、甘さがやけに際立っている気がした。
ふと君を見るとポカンと口を開けていたけど、僕の目線に気づいてからちょっとだけ悔しそうな顔をした。
飲み切りたかったのか、僕に飲まれたのが嫌だったのかな。
まあでもぬるい炭酸と無口な君の相性が極悪だということがわかったから、次は小さめの炭酸……瓶ラムネから頑張ろうね。
砂浜を歩いていたらガラスの小瓶がコロコロと波に遊ばれていた。
私の近くに転がってきたタイミングでそれを拾ってみると、なんと中に紙のようなものが入っている。
コルクの栓を抜いて中のものを取り出して開いてみると、こんなことが書いてあった。
『開ける瞬間、わくわくしたでしょ?』
……ただそれだけ。他はなんにも書いてない。
確かにわくわくしたけども、そのわくわくを返してほしい気分……
しょーもない気分ってまさにこの気分だろうなあ……と思いながら私は手紙を元通りに折り畳んでガラスの小瓶に戻す。
そして海に向かってポイッと放り投げる。
波にさらわれた手紙は沖に向かって流れて……行かずに戻ってきた。
ならば仕方がない。
私は大きく息を吐いて小瓶を思いっきり海へと投げ飛ばす。
ボチャンと音がしたのを聞いてから私は振り返らずに砂浜を後にする。
後は野となれ山となれ。また小瓶が転がってても私はもう知らないからね。
“8月、君に会いたい”
……その一文だけが書かれた古ぼけた手紙を見つけたのは、倉庫の整理中の時だった。
差出人の名前も宛先もない。内容もなんのこっちゃわからない。
光に透かしたら何か別のことが書かれてないかなと眺めていると睦月兄さんがヒョイっと手紙を奪い取って「やよい、何これ?」と私に聞いてきた。
「倉庫で見つけた。誰が書いたのかは知らないけど」
「ふーん……。
8月……はちがつ、ねえ……」
睦月兄さんはブツブツ言いながら手紙をしばらく眺めていたけど、ふと思い出したように呟いた。
「ばあちゃん……葉月だったよな」
その言葉に私もハッと閃く。
「もしかしてそれ、おじいちゃんからおばあちゃんへのラブレター!?」
兄さんは頷きつつも難しい顔をした。
なぜそんな顔をするのだろうと思っていると、兄さんは周りを見回した後少し小声でこう言った。
「もしくはばあちゃんのことを好きだった別の男からかもな。
じいちゃんとばあちゃんはお見合いしたって言ってたから、手紙を書くにしても8月じゃなくて葉月と書くだろうし、差出人の名前を書かない理由なんてないだろ。
……それに、ばあちゃんは愛のこもったものを蔑ろにしないだろ?」
「た、確かに……」
倉庫に仕舞われていた手紙。明らかに切実な想いが込められている手紙。
この手紙を書いた人は、おばあちゃんのことどう思っていたんだろう……?
「ま、全ては憶測だ。答えを聞こうにも、じいちゃんもばあちゃんもあの世に逝っちまった。
その手紙は謎のまま……ってことだな」
「そうなっちゃうか……」
少し物寂しさを覚えてしまうけど、こればかりはどうしようもない。
……でも知ってしまった以上、この手紙はどうしようかな……
とりあえず……お焚き上げでもしてもらおうかな?
そして祈っておこう。差出人がおばあちゃんに一目だけでも会えますようにって。
その日、世界というものは存外明るいのだと知った。
建物内の照明もいつもよりきらきらと煌めいてるように感じてちょっとテンションが上がった。
外に出たら町の人や植物、建物にガードレールや横断歩道までいつもより明るく見える。
……明るすぎて眩しいほどなんだけど!?
夏の直射日光やばい! 道路の白線発光してる!
日に当たるもの全て輝いてる!
うぅ……眩しくてまともに目を開けてられない……
薄目で帰るしかないのか……絶対変な顔してるだろうけど……
はぁ……まさか瞳孔をかっぴらく目薬がこんなにも凶悪な性能してるなんて……
正直もうこりごりだけど、また半年後行かなきゃいけないんだよね……
あーあ、今から憂鬱だ……
ここはどこだろう。真っ暗闇で誰もいなくて、呼びかけても誰も返事をしてくれない。
旅の相棒の名前を呼んでみても僕の声が闇に吸い込まれていくだけだ。
だんだんと心細くなってきたけど、それでも諦めずに呼びかけていると前から相棒が、彼が歩いてきた。
嬉しくなって駆け寄った瞬間、彼が血を吐き出して倒れた。
とっさに彼を支えようとしたけど、体格と身長差から支えきれずに彼と共に倒れてしまった。
僕は声をかけながら彼を揺さぶるけど、彼は動かないし喋りもしない。……むしろ、どんどん冷たくなっていく。
「やだっ! やだぁ……! ひとりに……っ、僕をひとりにしないで!
お願いだから……、起きてよぉ……」
泣きながら揺さぶっていると、どこからか僕の名を呼ぶ声がする。
それがひときわハッキリ聞こえた瞬間、僕の目が覚めた。
さっきのは夢だったんだと息を吐いて安心していると心配そうに彼が声をかけてきた。
「すごい魘されてたが……大丈夫か?」
「……ねえ、座って」
「は?」
「いいから!」
困惑顔の彼だったけど僕の言う通りに座り、僕は彼の膝の上に座って胸に耳を当てる。
ドクン、ドクン、と熱い鼓動が聞こえる。
その音を聞いていると、ああ彼は生きているんだと無性に喜びを感じて、さっきまで荒れ狂っていた心が静かに凪いでいく。
「怖い夢でも見た……んだよな。
お前の行動から察するに……俺が死ぬ夢とかか?」
彼の言葉には答えずに黙っていたら彼はそれを図星だと受け取り、ククッと笑った。
「いつもはしっかりしてんのに、やっぱガキだな」
「ガキじゃない。もう立派な十歳だもん。それに、笑い事なんかじゃないし……」
「そーかそーか。だが俺は嬉しいぜ?
お前の年相応なところ見られて、な」
彼は僕をギュッと抱きしめて僕の耳元で囁いた。
「大丈夫。俺は死なねえよ。つか俺がお前を置いて逝くわけねえだろ」
その言葉が嬉しくて、僕は自然と笑顔で頷いていた。
彼ならこの言葉を嘘にはしない。
誰に何と言われようと僕は心からそう思っている。