妹は兄に会いたかった。ただそれだけだった。
そのために人ならざる存在と成り果てしまったが、心は人のままだった。
彼女が会いたくてたまらない兄もまた、人ならざる存在になっていた。
心は人のままであったが、たった一つだけ妹と違う点があった。
それは、記憶の大半を失ってしまっていること。
妹のことを忘却してしまった兄は、彼女のことを人であることを捨てた魔の手先と思い込んでいる。
彼らはどのような運命を辿るのか。
隠された真実を見つけ出すのは、とある海都を訪れた冒険者たち……かもしれない。
§
元ネタは『世◯樹の迷宮III 星海の来訪者』です。
少し歯ごたえのあるゲームですが、とてもおもしろいので良かったらぜひ遊んでみてください。
リーン……リーン……と高く澄んだ南部鉄器の風鈴の音が聞こえる。テレビから。
一応リアルでも軒下に風鈴を吊り下げているのだけど、部屋を閉め切っているから音が籠もって聞こえにくいし、そもそも風情を感じる暑さじゃない。暑すぎる。
温風というか熱風の中で聞く風鈴の音は一瞬涼しげに感じるけど、やっぱりものすごく暑いと思ってしまう。
だから涼しい部屋で風鈴の動画を聞いてるのだけど……なんというか、風情がない気もする。
ああ、昔みたいに程よく暑い夏はもう来ないのだろうか。
こんなに暑い夏はちょっともう、こりごりだ。
頭を抱えたい。でも今抱えることはできない。
なぜなら、今は数学のテストの真っ最中だから。
全くもってわけわからん。おかしいな、授業は五分か十分くらい起きてたし、ノートだってクラスで一番の真面目ちゃんから借りて丸写ししたのに!
なんで一つもわからないんだ!
ああもうどうしよう……赤点確実間違いなしだ……
……いっそのこと、寝るか……
そう決めてぺたりと右頬を机にくっつけると、横の席の答案がちらっと見えた。
そして私の頭に閃き電流が走る。
見えてる答えを書けばいいじゃん!
よし、そうと決まれば……唸れ! 私の視力!!
じ〜〜っと見てると視線に気づいたのか、横の人はわざわざ答案用紙を私の方に寄せてきた。
いいの? と口パクで訊くと、その人は私を横目で見てから親指を立て机に突っ伏した。
ありがとう心の友よ! これで0点は回避できる!
パパっと見えてる範囲を書き、わからないところは全部2と埋めた。
でもそこでふとある思いがよぎる。
……私のしたことって……カンニングなのでは……? やってはいけないことでは……?
悶々と考えたところで答えが見つかるはずもなく、やがて妄想という名の現実逃避……ちょっとカッコよく言うと心だけ、逃避行を始めた。
そうこうしている内にチャイムが鳴り、テストが終わった。
そして後日、返ってきた答案用紙の右上には大きく0と書いてあった。
見えてた横の人の答えも2で埋めたところもぜーんぶ間違っていたらしい。
……ちくしょー!
外から帰って手洗いうがいをしたら、ゲームのスイッチオン!
鮮やかな色彩と豊かな旋律が聞こえてきたら、いざ冒険の旅へ!
今日は何をしよう、どこを冒険しよう?
まだ行ったことのない場所へ行こうか、作ったことのないものを作ろうか?
やりたいことがたくさんありすぎて困っちゃう。
だけど大丈夫。焦る必要はどこにもない。
この世界では僕は自由な旅人。
大好きなこの世界を自由気ままに巡るんだ!
おばあちゃんに手紙をしたためた。
軽く書くつもりがついつい熱くなって五枚も書いてしまった。
だけどそれくらい伝えたいことがあったと前向きに考えよう。大丈夫、いっぱい書いてくれたねと喜んでくれるはず。
かわいいシールで封をしてからおばあちゃんが好きだった花と一緒に棺に入れる。
とても大好きだった。あたたかくて優しくて、いつだって私の味方をしてくれた。
私の作るものや趣味を全てを肯定してくれた。
私をいつも気にかけてくれた。
ずっとそばにいてくれるものだと思っていた。だけど寿命というどうしようもない運命によって亡くなってしまった。
思いが溢れて泣き崩れる私に家族と近所の人が痛ましそうに寄り添ってくる。
この場にいる人たちはほとんどみんな私がどんなにおばあちゃんを好きだったか知っている。
みんなもおばあちゃんのことが好きなのに、私に辛いね悲しいねと優しい言葉をかけてくる。その思いは自分も抱いているはずなのに。
人は死んだら骨になって灰になるだけ。と誰かは言っていた。それは私も少し思うけど、それでもあの手紙はちゃんと届いてほしい。
おばあちゃんに送る最後の手紙。
お願いだから届いて……