忘れ難い景色がある。
それは海辺の宿から見た朝日。
旅行先で友達と砂風呂を体験して、体の芯までポカポカになりすぎて寝苦しい夜を越えた先の朝日だった。
ぼんやりと明るくなりかけている空とほんのりとした青色の海の上に浮かぶ金色の太陽……
思わず友達と「すげーきれー……」と語彙力のまるでない感想を語り合ったりもしたっけ。
あの後ウナギを見に行ったりイッシーだかなんだかの石像も見に行ったりしたが、俺的にはやはりあの日の景色No.1はあの朝日だ。
もしかしたら俺的美しい景色No.1も不動のものかもしれない。
新しい一日を祝福してくれると思わせてくれるほど、それはそれは美しい朝日だった。
「織姫様と彦星様、子どもの頃は可哀想だと思ってたのよ。一年に一回しか会えないなんて……ってさ」
夜空を見上げながら妹が呟く。
俺は内心ふーんと思いつつも、とりあえず質問をする。
「今は違うのか?」
「一年に一回も会えるなんて羨ましいじゃない。
そうは思わない?」
「お前の場合、友達と会わなさすぎなだけな気がするけどなあ……」
妹はかなりの出不精で、仕事以外の日は基本的に家に引きこもっている。
高校生の頃はそんなでもなかったような気もするが元々そんな性格だったのか、家の居心地が良すぎるせいか……
少し前妹は『私は家のかたつむり』と言っていた。
残念ながら俺にはよくわからなかったが、わかる奴にはわかるのだろう。たぶん。
「……だって遠いし」
「電車で一駅の距離を遠いとは言いませーん」
「うるさいなあ……。
あっ、そーだ。兄貴は願い事何にした?」
話題を露骨に逸らされたが、さっきの話を続けると嫌われてしまうに違いない。
だからあえて新しい話題に乗っかることにした。
「健康第一」
「切実だねえ。わかるけど。
私はねえ、どこ◯もドア、もしくはタ◯コプターが開発されて私の生きてる内(できれば数年後)に発売されますようにって書いた」
「欲張りすぎだし自分で歩け!」
妹は不満げな声を出していたが俺はそれを無視した。
……しかし妹の願い事、何らかの奇跡やら手違いやらが起こって実現しないかなあ……
俺も使ってみたい……
ね、ね、昨日のドラマ観た!?
何のこと? ってとぼけないでよ〜
今ちょ〜話題の月九ドラマ『あの空に恋してる』略して空恋のことに決まってるじゃん!
……え、見てないの?
うわー、もったいな! 高校生活の半分くらい損してるよ!
もうさー、昨日のラストシーンにキュンキュンしちゃってヤバヤバだったんだから!
青井 空が亜木 茜に『夕焼 空じゃなくてオレだけを見ろよ』って壁ドンして迫って……も〜! 思い出すだけでもキュンキュンする〜!
……原作漫画読んだからドラマは別にいい?
確かに漫画も神だけどさ、こうなんというか……表情の機微? っていうのは同じ人間にしか出せないわけ!
だから結末知ってても面白いんだってば!
ね、ね、だから観ようよ〜
……気が向いたら? わかった!
じゃあ早めに気を向けといてね!
とある港町のシーサイドレストラン。
ここでは少し前にいろんな騒動があったけど、今は凪いだ海のように静かだ。
何も無いのが一番いいのだけど、あの騒動にワクワクしていたからちょっとだけ寂しくもある。
ランチを済ませてから入り江に行くと波打ち際に花を手向けている人がいた。
少し前に帝国船の沈没事故があったから、おそらくそれだろうとは思う。
波音に耳を澄ませているとその事故について考えをつい巡らせてしまう。
あの事故には色々不可解な点があり、中にはセイレーンが関係しているのではないかという噂まで飛び交っている。
それがもし本当ならセイレーンは何を思って船を沈めたのだろう。
帝国は犯人を処罰したとのことだが、それが本当すらもわからない。
なぜなら少し前にあのレストランで『船を沈めた』と話しているセイレーンをこの目で見てしまったから。
まあそのセイレーンもケンタウロスに執着され挙句の果てには誘拐されてしまったけども。
そのセイレーンの行方は知らない。知りたくもない。
私には関係のないことだから。
§
元ネタ(?)は聖剣◯説Legend of Manaです。
曲もシナリオも素晴らしいゲームなので、良ければ遊んでみてください。
暑すぎる外から涼しいところに入った時に感じる風がとても心地よく感じる。
風に色はないけれど、私はそれを青い風と呼んでいる。
あの優しく撫でるように吹く青い風に救われた人は幾人もいるだろう。
明日も明後日も青い風は誰かの心と体を救ってくれるに違いない。
あの一瞬は極楽といっても差し支えないはずだから。