「夏! ……といえば何かね後輩くん?」
部室に来て早々、先輩が仁王立ちで私に問いかけてきた。
先輩はほとんどの生徒と職員が認める変人ではあるが、二人しかいない文芸部をどうにか存続させているすごい人でもあるのだ。
でも尊敬はしていない。だって変人だから。
「はあ。夏……ですか」
「そう! 夏だ。
スイカか? かき氷か? それとも冷やしあめか?」
「なんで食べ物ばっかりなんですか……
花火とか猛暑とかゲリラ雷雨とかじゃないんですか?」
「ふむ。君はそれらが夏だと思うのか。
なるほど、君は空に着目するタイプのようだな」
うんうんと一人頷いて納得している先輩に私は気まぐれからこう聞き返した。
……それを後悔するとも知らずに。
「先輩は何を夏だと思うんですか?」
「む、私か? 私はな、ゴキが家に出た時だ」
「……は?」
「正確にはチャバネ」
「言わなくていいですっ! 正式名称なんか!」
私がそう叫ぶと先輩は少し首を傾げて、なるほど君は彼奴が嫌いなのだなと呟いた。
「ブラッ◯キャップやらホイホイやらを仕掛けているが、毎年のように彼奴を見かける。
やはりバル◯ンをした方が良いのだろうと思うが、いかんせん家電などにカバーを掛けるのが面倒でな……
まあ、彼奴を見かけたら夏の気配を感じるから私にとっては一種の風物詩だな」
「そんなまっっったく雅じゃない風物詩嫌ですよ……
というか先輩、そいつが夏だと思ってるんですね」
「何か問題でも?」
あっけらかんと言う先輩に私は何も言えなくなって、もうそれでいいです……と力なくうなだれた。
……やっぱり先輩って、変人だ……
旅を続けているとその地域の郷土料理とか言い伝えとか、僕たちの知らないものにたくさん出会う。
僕たちの生まれた村では考えられないような風習とかがあって、とても興味深いなあと思う。
目で見る風景も雄大だったり美麗だったりと、とてもすごいものばかりなんだけど、それでも未知と言うのにはちょっと弱い感じもする。
だから僕は新しい町や村に着いたらその土地ならではのことをそれとなく人に聞き込んだりする。
僕の片割れはそんなことをしても特に意味はないと言うけど、僕の好奇心は満たされる。
それに新しい知識が増えるのはとても楽しいし面白い。
物語に没頭するかのごとく、僕は僕の知らないものが大好きなんだと思う。
さあ今日も行こう。まだ見ぬ世界へ!
小学生の頃、仲良しの友達二人とよくつるんでいた。
だけど二年生になる前に二人とも引っ越して行った。
秘密基地とか作って楽しく遊んでいた。
その場所はどこにあるのかはもう思い出せない。
あの二人と最後に交わした会話も覚えていない。
最後の声はなんだったっけ?
かけがえのない友達だと当時は思ってたのに、今は何も思い出せないんだね。
寂しいとは思うけど、もはや二人に何の感情もわかないや。
時の流れというのか、それとも非情なだけか。
それを決めるのはあの二人だけだろうな。
大切な人がいなくなるのが怖くてわたしは一人でいるようになった。
もうあんな思いはしたくない。あんなに悲しむくらいなら最初からいないほうがマシ。
寂しくても一人で生きていける。
だけど、そんなわたしを放っとかないお人好しな人たちがいた。
わたしがどんなに怒っても、酷いことを言っても、いじわるをしても、その人たちは優しい目をしてわたしを仲間だと言ってくれた。
その度にわたしは泣きそうになったけど、グッと堪えた。泣くのなんて恥ずかしいしみっともないから。
……でもあの日、ついに我慢できなくなって彼らの前で大泣きしてしまった。
彼らはわたしが落ち着くまで抱きしめてくれた。
彼らが良い人なんてことはわかりきってる。わたしが信じきれなかっただけ。
彼らはわたしに大きな愛をくれた。
わたしは彼らみたいな愛を渡すことはまだできないけど、いつか彼らにも示してあげたい。
さしあたって小さな愛から渡そうと思うのだけど……
何をすればいいのかな?
町端のお花をあげるとか? それとも肩たたきとか?
愛を拒んでいたからどれくらいが丁度いいのかわからないや。
……まあ、じっくり考えてみようかな。焦らなくても彼らはいなくなったりしないのだから。
ぼんやりとスマホで見ていた動画が終わって、ごろりと寝返りを打つ。
窓から見えた空は抜けるくらいに青く、そこに一羽の鳥が横切って行った。
ああ、空はこんなにも自由なんだな。
そう思いながら体を起こす。
私も自由なのにどうして空は格別に自由だと思えるのかな。
そんな哲学じみた考えを抱いたけど、深く考えても今の私では答えにすら辿り着けない気がしてすぐに捨てた。
空は特別、空は偉大、空は無限大。
それでいいじゃない。