近所のおばちゃん家が取り壊され、更地になった。
そこに二羽のツバメがくるくるとその場所を旋回していた。
あの家の軒下にはツバメの巣があったから、おそらくその家主のツバメたちなんだろう。
せっかく来たのに家がなーい! という心境だろうか。いやはや長旅で疲れてるだろうに心中お察しする。
電線で羽を休めていたツバメたちだったが、やがてどこかに羽ばたいていった。
彼らがどこにいるのかはわからない。どこかで新しい新居を作っているとは思うが。
しかし家がないというのはツバメのみならず渡り鳥的にどうなのだろう?
鳥生で遭遇したくない出来事ナンバーワンとかだったりするのだろうか。
それともあるあるだったりするのだろうか。
それはそれで嫌だが。
何の迷いもなく彼女は色鉛筆を走らせる。
さらさらさらさらと、真っ白だった紙はあっと言う間に目の前にある被写体をそっくりそのまま写し出していた。
艶かしいもちもちボディ、短い手足、見事な青首……
某大根抱き枕が見事に模写されていた。
彼女は得意げに笑っていて、僕もすごいねと褒めたけど……なんで被写体が大根抱き枕なんだろう……?
別に僕でもいいのに……
「これで最後だーっ!!」
勇者の渾身の一撃を受けた魔王はその場に倒れ伏す。血がドクドクと流れており、魔王はピクリとも動かない。
「……やった。やったぁ! ついに魔王を倒したぞ!」
「これで世界に平和が訪れるのね!」
勇者と魔法使いは喜びを爆発させて敵の本拠地内だというのに無邪気にはしゃいでいる。いつもはぶっきらぼうな戦士でさえも口元が緩んでいる。
「さあ早く城に戻って王様に報告しなくっちゃな!
ほら行こうぜ魔法使い、戦士、賢者!」
「あっ、待ってよー!」
勇者がるんるんで歩くその背中を魔法使いが追いかける。そんな二人の背中を私は黙って見ていた。
それを不思議に思ったのか戦士が私に声をかけてきた。
「どうした? 何か気がかりでもあんのか?」
「……魔王を倒したからこのパーティも終わりなんだなって思ったら感慨深くてね」
「ああ……この四人で旅するのはこれで最後かもな。
だが会えなくなるわけじゃ」
「いいえ最後よ」
私は魔法を放ち勇者の頭を撃ち抜く。勇者は血を噴き出しながら前のめりに倒れた。
魔法使いが震えながら振り返る。そして魔法を放った相手が誰かわかったのか、目を見開き信じられないとでも言いたげな表情をした。
「なっ……! お、おい賢者! てめぇ自分が何をしたのかわかってんのか!?」
「なんで……? なんで勇者を殺したの!?
答えなさいよッ!!」
「うるさい」
私はパチンと指を鳴らす。すると二人の足下が一瞬光り、魔法のトゲが二人を貫いた。
魂のなくなった体は重力に従いドサリと倒れる。
彼らが流した血は勢いよく一箇所に集まり、ギュルギュルと飴玉程度の大きさの赤黒い塊へと変化した。
「……彼らでもこの程度か。やはり世界征服への道は遠い……」
私はその塊をゴクリと飲み込む。
世界を脅かす魔王。その魔王を討伐するために王国が力のある若者を勇者に仕立て上げて旅立たせることは知っていた。
だから私はその辺の人を攫って声と自由意志を奪いついでに体も異形のものにして偽の魔王に仕立て上げた後、私自身は勇者一行の仲間に入った。
魔王が側にいるというのに気づかない彼らは滑稽だった。そんな彼らは偽の魔王で充分だったな。
まあでもこれであの王国はまた勇者を旅立たせるだろう。
そしてまた今回のように私の一部となる。さあ精々愚かでいてくれよ? 人間諸君。
今日この日を生涯忘れることはないだろう。
喜びと幸福が溢れんばかりのこの日を。
小さな小さな手のひら。ふにゃふにゃのほっぺ。
触っただけで壊れてしまいそうなほどの儚い命。でも小さな体躯に似合わず大きな声で自分の意思を伝えている。
そんな君へ僕たちから最初の祝福をあげよう。
君の人生を共に彩ってくれる唯一無二のもの。
これからたくさんたくさん呼ぶよ。愛を込めて。君がいつも幸せで満ち満ちていますようにと。
「 」
君の名前を呼んだ日
やさしい雨音を聞きながらロッキングチェアに腰掛けお気に入りの本を開く。
完全な無音だと集中できないタイプの人間なので、いつもなら穏やかなBGM――パッヘルベルのカノンなど――を流すのだが、今日はうってつけの環境音が自然と流れてくる。
今は梅雨の走りらしいが、こんなに連日雨が続くと本当に梅雨入りしているような気分になる。
梅雨は憂鬱だ。傘を忘れる確率も高くなるし濡れるのも好きじゃない。
だが、雨音や雨のにおいは嫌いじゃない。
こうして心穏やかに過ごすのは久しぶりだな。と思いながら私は本の世界に没頭していくのだった。