こんにちは。さようなら

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3/4/2025, 4:56:58 PM

「必ず迎えに来い。そうしたら2人で逃げよう」
 私は彼の言葉に強く頷いた。しかしその約束は今のところ、果たされる目処が立たない。
 私には決められた相手がいる…というよりは、そもそも私にはこの世に生まれた時から、こう生きるべきだというシナリオがあった。私はそこから離れて生きることができない。
「君が好きだ」
 これは違う男からの言葉。もう何度も聞いた言葉だ。しかし私の胸は躍り、ときめき、全てをその男に委ねてしまうのだ。まるで初めて恋を知った少女のように。
「私も実は……出会ったときからずっと……」
 震える声で、恥じらう花びらがゆっくりと開くように、私は愛を囁く。そうしなければならない。私はそうしなければ生きることができない。
 しばらく沈黙が続き、彼に優しく抱きしめられたところで、世界は止まった。文字通り、凍りついたように全てが止まった。
 私はゆっくりと立ち上がり、男の家を出る。時計の秒針は止まり、玄関に飾ってあった水槽の魚は、まるでゼリーに閉じ込められた模型のようになっていた。
 私は急いで、約束した彼の元へ急ぐ。しかしその場所に彼はいなかった。息を切らせて周りを見渡しても、固まった人間たちの群れしか見えない。
「どうして……」
 すると突然、作業服を着た男が現れた。帽子を目深に被り、その表情を窺い知ることはできない。しかし男はハッキリと告げる。
「バグはここにあった」
 びくっと心臓が冷たく跳ねる。
「バグは取り除かれた」
 なんの感情も乗せず男が淡々と告げる言葉を、私もまた、なんの感情もなく聞いていた。ない、とされれば、私にとってもそれは生まれたときから存在しないのだ。
「帰りなさい。お前がいるべき場所、愛すべき人間がいるところへ」

 私には決められた相手がいる。生まれたときから決められているシナリオがある。私はそれから逃げることはできない。成長することも、死ぬこともないまま、同じ人に恋をして、同じ言葉を囁き続ける。

2/23/2025, 5:57:04 PM

「貴方が好きです。大好きです。貴方がいなければ生きていけない。あなたのいない世界なんて意味はない」
 狂ったように繰り返される言葉。
 あなたはいつも私を抱きしめてくれる。固い身体、静かな吐息、私より少し高い体温、ぬくもり。
「貴方が生きているだけで、側にいてくれるだけで幸せなんだ」
 慰めるように背中を撫でる大きな手。私は彼の胸を顔を埋めて、彼の香りを嗅ぐ。何年も変わらない。キスはいつもミントの味がする。たまにタバコの匂いも。
「……あ」
 急に、彼の動きが止まってしまった。目がガラス玉のようになり、マネキンのように固まってしまう。
「充電するの忘れてた」

 今日も魔法のような夢を見る。

1/30/2025, 1:04:40 AM

「世の中には知らない方が良いこともある。勉強になったろう」
 血まみれになった若者を、まるで遊び飽きたおもちゃのように見下して男は笑う。同時に唇の端からタバコの紫煙が細く吐き出された。
「知らないということがどれだけ君を守っていたか、よく考えるといい」
 ぐったりと横たわる若者の髪を強く掴んで、無理やり顔を上げさせる。その顔は恐怖に染まって痛みに喘ぎ、散々殴ったので顎が砕け、話せないようだった。地を這うようなうめき声だけが、かすかに漏れ出ている。
「まぁ君のような年代では難しいかもな…君たちは常に俺のような“マトモな大人”に付け狙われているんだから」
 若者を再び床に叩きつけて、スマホをいじる。タバコを吸う男の瞳は獲物を吟味するように静かで、それでいて牙を隠しているライオンのように、正確に狙いを定めようとしている。
「ふぅん……両親がいて、祖母がいて? 弟と妹がいるのか……まだ小さくて、可愛いじゃん」
 スマホを投げて若者の前に投げつける。幸せそうな家族の画像が詰まった画面が、冷たいコンクリートに叩きつけられてひび割れた。
「お前が暗いところを覗こうとするのは結構だが……見えないところから手が伸びてくるかもしれないぞ? 今回のようにな」
 ふう、と紫煙を吐き出して、スーツの胸元から携帯灰皿を出すと、しっかりと揉み消してその中に捨てた。
「俺は優しいからな。今回は見逃してやる。が、俺が連絡したらすぐに来いよ。次の仕事もさせてやるからな」

1/27/2025, 11:36:19 AM

「時が経てば経つほど、若いうちにあいつらを殺しておけば良かったと思うんです」
 思い出のアルバムをめくるような瞳で、後悔を語る。
「刑務所に入ったって、今と変わらないでしょう? 頭も身体もおかしくなって、まともに生きられない。壊れたロボットに乗っている気分ですよ。コントロールできないんです。しかしそれなら…健康に刑務所から出てきたほうが今より良かったなって思うんです」
 言葉の割には快活に笑う。しかし口元は自嘲の笑みで歪んでいた。
「本当に殺したかったやつを殺さなかったのは…自分が当時、あいつらを殺さなかったのは、勇気がなかったからなのでしょうか?…今となってはもう分かりません」
 その数日後、連続殺人犯Aは刑務所内の自室で自殺した。
「あの時の痛みと苦しみに、素直に従うべきだった」
 自殺した当日、作業所の休憩室で、そうこぼしていたという。

1/16/2025, 2:13:27 PM

お前のために流した涙の総計を測ってみたい

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