こんにちは。さようなら

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「必ず迎えに来い。そうしたら2人で逃げよう」
 私は彼の言葉に強く頷いた。しかしその約束は今のところ、果たされる目処が立たない。
 私には決められた相手がいる…というよりは、そもそも私にはこの世に生まれた時から、こう生きるべきだというシナリオがあった。私はそこから離れて生きることができない。
「君が好きだ」
 これは違う男からの言葉。もう何度も聞いた言葉だ。しかし私の胸は躍り、ときめき、全てをその男に委ねてしまうのだ。まるで初めて恋を知った少女のように。
「私も実は……出会ったときからずっと……」
 震える声で、恥じらう花びらがゆっくりと開くように、私は愛を囁く。そうしなければならない。私はそうしなければ生きることができない。
 しばらく沈黙が続き、彼に優しく抱きしめられたところで、世界は止まった。文字通り、凍りついたように全てが止まった。
 私はゆっくりと立ち上がり、男の家を出る。時計の秒針は止まり、玄関に飾ってあった水槽の魚は、まるでゼリーに閉じ込められた模型のようになっていた。
 私は急いで、約束した彼の元へ急ぐ。しかしその場所に彼はいなかった。息を切らせて周りを見渡しても、固まった人間たちの群れしか見えない。
「どうして……」
 すると突然、作業服を着た男が現れた。帽子を目深に被り、その表情を窺い知ることはできない。しかし男はハッキリと告げる。
「バグはここにあった」
 びくっと心臓が冷たく跳ねる。
「バグは取り除かれた」
 なんの感情も乗せず男が淡々と告げる言葉を、私もまた、なんの感情もなく聞いていた。ない、とされれば、私にとってもそれは生まれたときから存在しないのだ。
「帰りなさい。お前がいるべき場所、愛すべき人間がいるところへ」

 私には決められた相手がいる。生まれたときから決められているシナリオがある。私はそれから逃げることはできない。成長することも、死ぬこともないまま、同じ人に恋をして、同じ言葉を囁き続ける。

3/4/2025, 4:56:58 PM