胸の鼓動
私には、高校に入ってからずっと片思いをしている男の子がいる。
彼の名前は岸君、優しくてかっこよくて人気者。
私とは全く持って真反対な人間だから、付き合いたいとか思ってるわけじゃない。
…はずだったのに、修学旅行の班が一緒になったのをきっかけに少し仲良くなってしまった。
クラスメイトとして優しく接してきていると分かってるのに、頭の片隅で期待してしまう。
放課後、私は係の仕事で教室の花の水を変えに行っていた。
教室に戻ろうとした時、中から話し声が聞こえてきた。
その声に、ぴたりと扉を開けようとしていた手が止まる。
(岸くんの声だ…。)
少し罪悪感を感じながらも、私は聞き耳を立てた。
声からして、教室の中にいるのは岸君とその友達数人。
どうやら忘れ物をとりに来たらしく、ついでに雑談をしていた様だ。
「そういえば岸、最近加藤さんと話すこと増えたよな。」
急に聞こえてきた自分の名前に、心臓が飛び出るかと思った。
実に心臓に悪い。
「確かに、もしかして好きなの?お前ああいう感じが好きなわけ?」
なんて、私の気持ちを知らずにそんな声が聞こえてきた。心臓がうるさい、今思えばここで立ち去れば良かったんだ。
良い答えは聞けるはずないのに、彼の声を待っている自分がいる。
「違うし、加藤さん頭いいし仲良いと得じゃん?それにあんな地味な奴タイプじゃないって」
そんな岸君の言葉に対し、「だよなあ」なんて共感の声が聞こえる。
心臓はさっきと変わらずうるさいまま。
でも、さっきとは違う。
鋭い何かでグサリと奥深くを刺された様な、そんな冷たい感覚。
「…馬鹿みたい。」
色々な気持ちが混ざり、胸の鼓動が激しくなる。
こんなの初めてだ。
私はどうする事もできなくて、ただそこで立ちすくんでいた。
踊るように
この桜の木を見ていて思う。
別れの瞬間、最後まで美しくあり続ける桜はすごい、と。
終わりがあるから美しい、などという言葉を聞いたことがある。
けれど、自分は美しいモノが、最後まで美しくあろうとするから美しいのだと思う。
この踊るように散っていく桜を見てしみじみそう思うのだった。
貝殻
あなたは私にとって大切な人。
貴方はそう、例えるなら私にとって貝みたいな人だった。
沢山の色とりどりな貝殻を持っていて、どれも素敵に着こなすの。
でも、貴方はその殻をどれも気に入らなかったみたい。
だから私が引きずり出してあげたの。
「医者の子供」「天才」「一軍」「あの人の彼女」
どの殻も身につけていない貴方には誰も興味を示さなかったね。
当たり前だよ。
だって、綺麗な殻を身につけていない貝なんて価値がないんだもの。
自分から捨てておいて、返してだなんて馬鹿みたい。
貴方を素敵な貝に例えるのなら、私はヤドカリになるのかな。
きらめき
僕は、昔から周りのみんなが興味をもつモノに、魅力を感じる事ができなかった。
でも、心配性のお母さんを安心させるために「普通の息子」でいた。
そんな僕の無色な日々に色をつける出来事があったのは、中学二年生の夏休みだ。
その日、僕は家族みんなでおばあちゃんの家に泊まりに行っていた。
僕の住んでいる所に比べ、田舎だったが少し車を走らせればスーパーやコンビニ、ショッピングモールもあった。
父が親戚や友人の家を回っている中、時間を持て余した僕とお母さんはショッピングモールへ行った。
縫い物や野菜、畳などのお店ばかりで正直あまり楽しくはなかった。
お母さんもそろそろ飽きていた様で、近くにいい場所がないかスマホで検索をかけていた。
そんな時、僕の目に色が映った。
古いアンティークな雰囲気のお店。
手作りのドレスを作っている様で、ショーウィンドウにはふりふりの大きなリボンが特徴的なドレスが一つ。
それが僕には宝石の様に輝いて見えた。
車のゲームよりも、怪獣モノのアニメのグッズよりも、ずっとずっとコレが欲しい。
そう思ったのだ。
やっと見つけた僕の「きらめき」
家族には誇って言えるモノではないかもしれないけれど、確かにこの日から僕の人生には色がついたのだ。
開かないLINE
元親友と喧嘩をし、二ヶ月が経とうとしていた。
喧嘩をしたタイミングも最悪で、卒業式の三日前。
結局そのまま仲直りする事はなく、彼女は仕事のために地元を出て行った。
今、彼女がどこで何をしているのか分からない。
私に残された連絡手段はLINEのみだった。
あんな喧嘩をしたんだ、既にブロックされているかもしれない。
それでも、「もしかしたら」なんて希望が頭の片隅にあって。
約二ヶ月振りに彼女とのトーク画面を開く。
最後にしたLINEは卒業式の後、遊園地に行こうという内容のものだった。
勿論、遊園地は中止。
全部私のせいだ。
私はLINEに謝罪の文と、今度会えないかとだけ送った。
けれど、二週間経っても返事どころか既読すらつかなかった。
その事実に、改めて自分の罪の重さを知る。
こんなに苦しく、遅い二週間は初めてだ。
もしかしたら、今日こそ返事が来るかも。
なんて有りもしない可能性に期待して、私は昔のトーク画面を見返していた。
その瞬間、だんだんと彼女との思い出が蘇る。
「二ヶ月もかけて、アンタが一番大事だって気づくとか馬鹿みたいだね。」
涙で視界がぼやけていく。
自分勝手なのは分かってる。
自分から突き放しといて、裏切っておいてまた仲良くしたいとか。
でも、せめて「ごめんなさい」の気持ちだけでも、君に届いて欲しい。