桜
私は桜が好きだ。
それは可愛い花を咲かせるからではない。
春を象徴するからでもない。
映えるからでもない。
散るからだ。
幼い頃から春になると桜は人の一生を表しているような気がしてならない。
寒さという逆境に耐え、満開へと持っていく。そして満開になってからすぐに散り始める。
散ることが寂しいことのように思えるかもしれないが、散ることに意味や風情がある。
それに何より桜は散り方が美しいのだ。
私は桜のように美しく散った人を知っている。
彼は満開よりも散り際が最も美しかった。
私が散るのはまだ早いと先に散ったあなたのように、私も美しく散れるだろうか
君と
自分の体がまだ生きられることも分かっていた。
守らなければならないものがあることも分かっていた。
私には彼がここを最期の時にしようとしていることも分かっていた。
そしてこの先どう足掻いても一緒にいれないことも分かっていた。
それでも自分だけ戦って私を別のベクトルで幸せにしようとする彼の意志だけはわからなかった。
分からないなら私も戦うしかない
彼を守りたい。彼と共にありたい。そんな生ぬるくて、安易な想いで行くのではない。
私はただ最期まであなたの女であり続けたい
さあ逝こうか、君と
空に向かって
日差しが強すぎる時、空に向かって私は睨む。
曇りの時、空に向かって私はため息をつく。
雨の時、空に向かって私は何もできない。
そう考えると私は空にあまりいい顔をしていないのかもしれない。
だから、春の日差しがちょうど良く降り注ぐ今日ぐらいは空に向かって微笑んでもいいかもしれない
はじめまして
そう言われた時、喉の奥がヒュッと鳴った。
間違えてはいないはずだ、いや自分が間違えるはずもない。
自分に「はじめまして」と言った彼女は、黒髪ロングでにこりと微笑めば牡丹のように美しい彼女は、まごうことなく前世で自分が愛した女性だ。
彼女とは周りから祝福される関係ではなかったものの、深く愛し合った仲だ。彼女が亡くなる前、来世は何の障害もない世に生まれて一緒になろうと誓い合った仲だ。
そんな彼女が自分を忘れて挨拶と自己紹介を始めた。
初めてじゃない!名前なんか昔から知ってる!
そう叫びたかった。でも、叫べなかった。
記憶がなくても彼女を愛し抜く自信はあるし、振り向いてもらうように努力する気もある。
ただ、あの約束を、誓いを忘れてしまった彼女は今世で自分以外の男と幸せになるべきではなかろうか。前世の記憶に縛りつけるのはかわいそうではないか。
何故彼女の「はじめまして」は真っ新な「はじめまして」なのだろうか
今世では「はじめまして」の意ではないのだろうか
またね!
そう言ったあなたはもう私の前に現れることはなかった。
喧嘩をしていなかっただけでも、返事を返しただけでも良かったと言うべきか。いや、良くない。いいわけがない。
私はあの日あなたの「またね!」にいつもの「またね」を返した。
当たり前に「また」が来ると思っていたから。
もし「好きだよ」「愛している」と付け加えていたならば私はこんなに後悔せずにすんだのだろうか。