【波にさらわれた手紙】
私はいつも海辺でサッカーのボールを蹴ってランニングするアナタの横で応援しているトイプードルのエミリです
毎日アナタが通るのを心待ちにしています
どうにかしてお友達になりたいけど
近づき過ぎると私はランニングの邪魔になります
そんなある日…私の可愛いの天敵チワワを連れたアナタと親しげに話す女性がいました
そうです……今の私の敵はその女性に他なりません
私はアナタを取られまいかと悲しい気持ちで二人を見ていました
私は思い余って道端のお地蔵様に「人間にして欲しい」とお願いしました
それを聞いていた科学者の太平教授が
私を可愛い女性に変身させてくれました
注意しなければならないのは濡れると元の犬に戻ってしまう事でした
私は太平教授の家で暮らしシャワーを浴びる度に犬に戻りドライヤーで乾かすと女性になれました。
私は太平教授に文字を教えて頂き、アナタへラブレターを書きました。
風の吹く海辺で私はアナタへラブレターを渡そうとしていました
アナタは未だ人間の私を見る前でした
突風が吹いてラブレターは波にさらわれました
私は咄嗟にラブレターを追って海へ飛び込み
犬かきで手紙を追って
トイプードルに戻ってしまいました
それでも想いを届けたくて
加えたラブレターをアナタに渡すことが出来ました
アナタは「アレ?誰かのお使いなの?」と言い微笑んで受け取ってくれました
あの瞬間、あの微笑みは私だけのもの…心は満たされていきました
私は犬に戻っていたのでアナタの言葉が分からず「ワン」とシッポを振って返事をしました
私は犬に戻った自分を見て
何事にも無理があり行き過ぎは良くないと知りました
教授にもう人間にならないようにしてもらいました
完全に犬に戻った夏の日の午後でした
翌朝、私はアナタのサッカーボールのランニングを、少し遠くから応援していました
【8月、君に会いたい】
僕はトウモロコシ畑を歩いていた
川から吹く風で揺れるトウモロコシの波の中で…
あれは幼い頃見た幻なのか
僕は祖母の家に夏休み遊びに来ていた
少し高台にあるトウモロコシ畑
背の高いトウモロコシの間を歩くのが僕は好きだった
夕方と夜の間、太陽が落ちてほのかに光る頃
トウモロコシ畑を抜けて野原に出た
其処には青い瞳の君が居た
金色に揺れる長い髪に花冠を付けて座って野の花を摘んでいた
まるで絵本の中みたいで……僕は立ち尽くしていた
だけどそれは絵本の中なんかじゃない
その女子は野原の向こうに住んでいる「エリス」と教えてくれた
僕達は野原を走ったり、テレビで流行ってるアニメの歌を歌ったり、学校の話なんかもした
エリスは軍の中の小学校へ行っていた
僕は今にも消えてしまいそうな、とても綺麗なエリスに「また毎年、此処に来るよ、必ず来るからエリスも来て」と伝えてトウモロコシ畑をくぐり抜けて祖母の畑に出た
あれから僕は毎年、8月に君に会いたくて
こうして夕方と夜の間のトウモロコシ畑を歩く
今年も歩いている
あの野原を目指して
もう一度、あの8月の夢のような、君に会いたい
僕は何故か走り出した
分からないけど勝手に思い切り走り出した
野原に抜けて
エリスは花冠をつけて僕を見付けた
僕は驚いた
エリスは小学生のまま何も変わっていなかった
僕はとてもとても怖くなって祖母の畑まで戻った
祖母にはトウモロコシ畑には入らないように言われていた【魔除け】なんだと言っていた
お風呂に入って鏡を見て恐怖した
背中に小さな手の跡が紅く付いていた
【眩しくて】
小学生までは幼なじみの隣の家の美和姉と
よく遊んでいたんだ
美和姉はよく擦り傷をつくる僕にいつも手当てをしてくれて「これでもう大丈夫」「痛かったよね」と優しく僕の顔を見て痛みを分かち合うように微笑んでくれた。
僕が中学生になった頃、美和姉は高校1年生で
それからは流行りのリップをつけて
とても綺麗になって行ったんだ
その艶めいた唇にドキドキして
僕は美和姉の全てが眩しくて、うつむいて
自分が年下だって事が、背の小さい事が、自分の細い腕が恨めしかったんだ
小学生からちょっと大きくなった僕には
手の届かない知らない大人の世界を知る人に見えて。
そんな美和姉が病気になった
治らないってお母さんがお父さんに夜中こっそり話すのを聞いたんだ
美和姉はだんだん親戚や友達に会いたがらなくなって行ったようで、僕も会えずに半年が過ぎた
ある日、美和姉のお母さんが家に訪ねてきて
美和姉が僕に会いたがっているというから
僕は美和姉に似合いそうなネックレスを買って
病室へ向かった、大変な病気なようでお母さんも病室前まで着いてきてくれた
個室に寝るベッドには骨だけの細い腕をした
美和姉が僕を待っていた
びっくりして動けなくなった僕を見て
美和姉が「驚かせて…ごめん」と言った
僕は平気な顔をしていられない自分が情けなかった、美和姉を困らせるのに……
もし高校生だったら僕はもっとしっかりしていられたのかな?子供の自分が嫌だった
「たっくん…此処に来て」と美和姉の白い手が
僕を招く
「たっくん、これ覚えてる?
たっくんが夜店で買って私にくれた指輪
これを天国へ持って行ってもいい?
遊んでいた小さな頃を思い出に指輪を見て頑張るよ」と最後は泣きながら美和姉が僕の腕を掴んだ
僕は「今、頑張れよ!何で行ってからなんだよ……」とめちゃくちゃ無理な事を言った
美和姉は「ごめんね…疲れちゃったから」と涙を拭いて僕に謝った
僕は左手の薬指に赤色のおもちゃの指輪を美和姉にはめて
「僕がおじいちゃんになって天国へ行った時に美和姉を見つけるから指輪をしていて」と言うと美和姉は花が開くように微笑んだ
僕は「写真を撮ろう」と言ってベッドにふたり並んで携帯電話で写真を撮った
赤色のおもちゃの指輪をはめて微笑んでいる美和姉はとても綺麗で眩しかった
僕は現在(いま)もその写真を飾って毎朝の珈琲を飲みながら美和姉に「おはよう」と声をかけている
【熱い鼓動】
熱い鼓動を持てる生活って
何かしらの行動を起こさないと得られない
人間だからこそ得られるドキドキである
小さな事ではコンビニの店員さんがタイプで
ちょっと遠回りになるけどそのお店でお買い物をする情熱だったり、
学校生活では部活の試合だったり
好きな男子と話す時だったり(これは動物でも有るか)
学校祭でやる気を持って取り組んでクラスメイトと歓喜をあげたり
アクティブな人の活力の上でだけ得られる鼓動、
ポジティブな時の大小あるけど炎にも似たパッションだと思う
【タイミング】
あの時、私が此処に戻らなければ
雪が降り路面が凍ってなければ
あの人の為に行動を起こさなければ
全ては其処に辿り着く為に用意されたタイミング……それが良い事であっても悪い事であっても……人は踊らされて生きている
神様の計らいなんて言わない
神様が居たらそんな夢も希望も削ぎ落とさないと思うから
人は時の流れに乗って生きているから
戻れない
だけどより良い生き方は見つけながら
生きて行ける